悲劇の「始まり」
母は受話器を置いた後、すぐに病院へ向かう、と言った。きっと父の容体が悪化した、とさっきの電話で告げられたのではと思う。父の主治医の先生も「もう長くは生きられないだろう」と言っていたし、覚悟を決めているといえば、確かに決めているような気もする。でもいまだに父が入院しているということすら実感が薄い。心の底では今でもずっと、「私は悪い夢を見ていて、本当はずっと家で三人で過ごしている」と思っている。きっとそうだ。私は悪い夢を見ているんだ。そう思って何回朝目覚めたことだろう。小さかった頃からずっと入退院している父を見てきたとはいえ、さすがにずっと入院は寂しく感じる。あわただしく外出する格好に着替え、車に乗り込む。こんな非常事態の時でも変わらない母の車の運転の下手さにつくづく感心しつつ、病院に着いたときに車酔いマックスにならないよう、酔い止めを飲む。そういえば父が元気だったころは車で酔ったことはなかった、とふと思う。父はなんでも器用にこなせるけれど、趣味がない、いわゆる「器用貧乏」だった。母はとにかく「不器用」だった。それでも父と母がタッグを組んでいるからこそのうちの家族だったと思う。そしてこれからも私たちの家族は決して変わることはない、そう思っていた。でもこんな考えが甘いということを、私はまだ知る由もなかった。
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