第11話「…同行してもいいだろうか?」








 間丈の言葉の意図がわからず。

 先輩は足を止め、彼を睨む。


「は? 何がだよ…?」

「俺は野球のルールもあんま知らねぇし、こいつの噂も正直知らねぇんだけどな…」


 間丈は至極真面目な顔をして言った。


「けど、何で今なんだよ」

「だから何が言いたいんだお前…」


 見る見るうちに先輩の顔から青筋が浮き始める。

 久川先輩は熱い男故に、沸点も低い方だ。

 あまり迂闊な言葉は言わないでほしいところだが…。


「その戻ってこいとかみんな待ってるとか…それは今言う言葉なのかって言ってんだよ…!」


 何故か間丈も声を荒げ始める。もしかしなくとも彼も短気なのか?

 いやしかし短気うんぬんはともかく―――間丈の言葉は俺に深く突き刺さった。


「だってそうだろ。もっと早い段階で何か言ってやりゃあ、こいつが辞めるとか言わなかったかもしれねえだろ」

「そ、それは……俺らだってあのときはショックだったし…そういう心情じゃなかったんだ―――」

「そりゃ誰だって負けたんならそうなるだろ」


 久川先輩が明らかに狼狽え始める。

 

「負けりゃあ辛いし苦しいし何かのせいにもしてえけどよ…それでも一声掛けんのがチームなんじゃねえの?」


 間丈の言葉は最もだった。

 あの試合あれはどう考えても俺の責任だったから、そんなことなど考えたこともなかった。


「なのに逃げるなとか…何もフォローしねえで逃げたのはお前だろ」

「お、俺が…悪いってか…?」

「悪いとは断言しませんが…彼の性格を解っていたならもっと早く対応するべきだと言っているんです。時代が時代なら切腹してますよ、彼」


 それは流石に…しないと、思いたい。


「ちなみに~、ハルくんなら何てフォローしてあげるわけ?」

「俺か? 俺だったら……お前のせいで負けたんだから次は責任持って勝たせろ!」

「お~、通常運転の命令形」

「…10点」

「なるほど、10点満点ってことだな!」


 と、急に騒がしく話し始める間丈たちハンドメイド部。

 そのやり取りは何処かばかばかしくて、何故か羨ましく思えた。




 ―――そうか。

 ようやくわかったと思う。

 俺が野球部に未練がましく求めていたものが。




 



「…ったく、何なんだこのふざけた部は…!」

「―――先輩」

「どうした、富良野?」


 俺は掴まれていた先輩の手を放す。


「俺はやっぱり、野球部には戻りません」

「な、何でだ…?」

「俺が戻ったところで、部の雰囲気が悪くなるだけです。それに……」


 俺は何でも良いから言葉が欲しかったんだ。

 叱責でも悪態でも罵詈雑言だとしても。

 同じ仲間として、仲間らしい声を掛けて欲しかった。

 あんな大失態を犯して逃げるような俺が望むのも、おこがましいだろうが。

 それでも…少しでもそうしてくれていれば、俺はもう少し野球にしがみついていたかもしれん。


「それに…前々から俺を疎ましく思っていた部員もいる場所には戻りたくもないです」


 そうだ。

 野球部あの部にはチームワークがなかった。

 3年が引退してからは特に。

 俺を妬む先輩も少なくはなかった。

 唯一のしがらみだったプライドも折れた俺に、最早そんな部は戻る場所でもなんでもなかったんだ。

 今ようやく、こいつらのお陰でそれを理解した。








 結局、久川先輩は俺を連れ戻せず、苦虫を噛み潰したような顔をして去って行った。

 「諦めたわけじゃないからな」とは言ってくれたが、その言葉はもっと早く聞きたかったですよ。


「おそらく、富良野さんが他の部に入部するという噂を聞いて急に惜しくなったってところじゃないですかね」

「だが部長たちが説得に来ない辺り、俺は既に見限られた存在らしいがな」

「殺伐としてんのね~、野球部って」

「……うちの学校のが、って感じっすけど」


 噂が噂を呼んで、俺の異名にも随分と尾ひれはひれが付いてしまったからな。

 『藤斗美のフランケンはただの逃げ腰男だった』なんてな。


「ま、ひよんのも几帳面なのもハンドメイドにゃあそんな関係ねえけどな」


 と、間丈の視線が俺へと向けられる。

 期待しているといった目。

 それは久しぶりに向けられたものだった。


「これで野球部とはきっぱりおさらばだろ? だからハンドメイド部に―――」

「いや、まだ入らない」

「何でだよ? これ入部する流れだろ!?」


 慌てたように声を荒げる間丈を見て、俺は思わず苦笑してしまう。

 その笑みが気にくわなかったらしく、顔をしかめる間丈に俺は「すまん」と謝罪する。


「まあ諸々理由はあるが……正式に入部するのはテスト期間が明けた後日の方が良いだろうからな」


 中間テスト期間の終了後—――。

 その言葉を聞いた部員たちは目を大きくさせ、そしてすぐに笑みを浮かべた。


「なるほど~」

「確かに、ですね」

「…ま、通常手続考えりゃそうなるだろうけど…」


 すると突如、間丈が大神と上居の間に割って入り肩を組み出す。


「よーし、じゃあ今からハンドメイド部全員で隣町まで買出しに行くぞ!」

「今からですか?」

「ちょっと流石に勉強しないと~…」


 驚く、というよりは呆れた顔を浮かべる二人。

 構わず間丈は騒がしく笑い飛ばし、こっそり逃げようとしていた南野もしっかりと巻き込まれる。


「南野も計画実行のためにもラストスパート掛けなきゃだろ?」

「…今はテスト勉強のラストスパート掛けたいとこなんすけど…」


 賑やかに騒々しく、まるで嵐かのように去って行くハンドメイド部。

 しかし仮入部であるからか、もしくは計画の戦力外であるからか。

 俺に御呼ばれは掛からなかった。

 いつの間にか先に玄関へと向かって行く彼らの背を、俺は独り黙って見つめる。

 そして―――。


「俺も…同行してもいいだろうか?」


 思わず出た言葉。

 彼らは足を止め、俺の方を振り返り見る。


「あ、いや…新しくシャープペンの芯とノートが必要でな。それでついでに一緒に行こうかと」


 前もって言っておくが、別に照れ隠しというのではなく。

 本当に、たまたま、必要な材料があったから同行しようと思っただけであってだな。

 と、そんな言い訳を脳内に浮かべていたが。

 間丈は満面の笑みを浮かべて即答した。


「良いぜ、来いよ」


 相変わらずの目上な口振り。


「じゃあついでに富良野くんも手芸店見てみようよ~、見てるだけでも心弾むよ~」

「じゃあそのついでに荷物持ちも頼みますね。今日買うのはちょっと量が多いので」

「いや、それほどの荷物じゃないっすよね…確か」

 

 続けて上居、大神、南野も話し、賑やかに廊下を歩いていく連中。

 俺は無意識に笑みを浮かべながら、彼らの後を付いて行った。








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