第9話「このままで良いのか?」








 その日から(と言っても数日ほどだが)俺はハンドメイド部には行かず、帰宅部生活を送っていた。

 部員とも会わないよう、中休みも昼休みも図書室やトイレに逃げ込んだ。

 便所飯というのも体験してしまった……とんだ逃亡生活を送っているな…。

 だが。そうしなくとも彼らはもう俺を無理に勧誘して来ることも、わざわざ教室に尋ね来ることもしないようだった。

 何せ、彼らが計画に挙げていた『その日』が、もう近いのだ。

 計画実行のために、俺なんかに感けているより作業に集中したいのだろう。

 中間テストが終わった後の月曜日。

 それが彼らの言っていた計画の決行日その日なのだしな。






 そんなわけで高校ではもう間もなく中間テストを迎えようとしていた。

 今までの俺は勉学よりも野球。部活動停止期間中でも自主トレばかりしていたが。

 それがなくなったことで今回の結果はそこそこの期待ができそうだった。

 また、勉強に集中していればあの選択肢に悩まされていることも忘れられる。


『野球部に残り続けるのか。辞めるのか。』


 ハンドメイド部に入るかどうかは別としても、この決断はなるべく早くつけなくてはいけない。

 だが、どうしても辞めようという踏ん切りがつかない。

 顧問の先生に説得されたからか?

 野球がまだ好きだからか?

 野球に捧げた日々を無駄にしたくないからか?

 退部はただの逃げだと思っているからか?

 どれも合っているようで、しかし何処か違うような気がした―――。


『『期待に応えたい』みたいな未練が野球部にあるってことなんじゃないのか…?』


 と、不意に南野の言葉が脳裏に過る。

 違うとも、合っているとも、認めたくない感情で。

 頭がぐちゃぐちゃになってしまう。


「…あ」


 気付けばノートがくしゃくしゃになっていた。

 またやってしまった。

 最近はこうして(ときたまではあるが)思わずノートを握り潰してしまっている。

 シャープペンの芯は何度も折ってしまうし…。

 もう替えもない。

 …今度、買いに行かなくてならないな。








 その日の放課後も、俺はさっさと帰路に立とうとしていた。

 と言うより中間テストがいよいよ来週に控えているこの中で、流石にハンドメイド部も活動はしていないだろう。

 だが万が一にも出会う可能性があってならん。

 ということで俺は急ぐように玄関へと向かっていた。





「やっと会えた! 直ぐ帰宅してるからずっと会えなかっただろうが!」


 が、廊下の途中で思わぬ人物と出会った。

 それはハンドメイド部の部員ではない。


「―――久川先輩」


 そこに現れたのは野球部の部員である久川先輩—――俺の女房役をしてくれていた人だった。







「噂で聞いたぞ。文化系の部に入部しようとしているって」


 正しくは半ば強引に勧誘され、仮入部扱いなのだが。


「休部中で今は心身を休めたい気持ちはわかる…だがな、他の部に入部するってのはどうなんだ? しかも気晴らし程度だとしてもハンドメイド部? 可愛すぎるだろ!」


 先輩の怒声は廊下中に響く。

 というより何に対して先輩が怒っているのか、よくわからない。

 可愛い部なのが駄目なのか?


「可愛いことはないです。カッコイイ系も作成している部です」

「そういうことじゃなくて!」


 更にぐいっと迫り、声を荒げる先輩。

 まずい、この調子だと教師に注意されかねん。


「俺が言いたいのはな、他の部に現を抜かすくらいなら野球部に戻って来てくれってことなんだ!」


 熱血とばかりに腕に掴みかかり先輩は訴えてくる。

 この人のこういう雰囲気自体は、嫌いではない。


「あんなことがあっての気持ちは…わかる。が、このままで良いのか? このまま野球から逃げたらお前は一生、何かあれば逃げる人間になっちまうぞ?」


 それに、先輩の言葉が俺の何かを揺さぶり、ざわつかせた。


「お前がまたマウンドに立てるよう俺も出来る限りの助力をする…だから、この中間テストが終わった後でも良いから戻って来ないか、野球部に! みんなだって待ってるぞ!」


 ああ、そうか。

 俺はこの言葉を心の何処かで言われたかったのかもしれん。

 そう思い、今頃になって南野のあの台詞を肯定したくなる。


「なあ…富良野!」


 これは、後は先輩の手を掴めば良いだけの、ドラマチックな展開に思えた。

 ―――が、何故だろう。

 ここまで言ってくれているというのに、その手を掴むことに躊躇ってしまう。







「―――おいおい、ちょっと待てって。そいつは仮でも俺らの部員でもあるんだぞ」

「てかそうも一方的過ぎ発言は富良野くん絶対頷いちゃうじゃん」

「確かに…そんな流れでしたね」

「……」


 背後から聞こえてきた声に俺は思わず振り返る。

 するとどういうことか、そこにハンドメイド部面々が全員集合でいた。







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