第8話「さっさと答えだけは決めなよ」








 近所の住宅地で偶然的に出くわしたハンドメイド部員の南野。

 しかめっ面を見せる彼は自転車を押しており、その籠には新聞の束が立てかけられていた。


「…新聞配達か?」

「どう見てもそうだろ。他に何があるんだ…?」


 不機嫌そうなのはどうやら俺と出くわしたからだけではなく、このバイトを目撃されたから。というのもあるようだった。

 ちなみに、俺たちの高校でアルバイトは許可があれば可能なはずだ。


「何も悪くはない。むしろ真面目にアルバイトしているのは素直に尊敬する」

「…別に尊敬するほどじゃないだろ…バイトくらい」


 背を向けた南野は大きくため息を漏らす。

 早くあっち行けと言わんばかりの粗暴さ。

 この様子だと「なんでバイトをしているのか?」なんて質問は許されないだろうな。


「……俺はただ、金が欲しいからやってるだけだし」


 が、意外にも質問するより先に、南野の口から回答が出た。

 心の声でも読まれたのかと、一瞬思ってしまったが。流石にそれはないだろう。





「偶然ついでに1つだけ…質問してもいいか?」

「偶然ついでって何だよ…?」


 振り返った顔は明らかに嫌そうなしかめた顔で。日の出を浴びてよく伺える。

 だがそれでも俺は構わず話を続ける。


「まあそんな顔するな。一学年上の後輩が尋ねてるんだぞ」

「どういう屁理屈……やりながらで良いならいいけど」


 そう言って南野は新聞の束から新聞紙を一部取り出し、素早く折りたたむ。

 そしてそれを郵便受けへと入れにいく。

 ちなみに後々聞いたところ(南野には嫌な顔されたが)、このバイトを始めてまだ一月半とのことだった。


「あの、例の計画―――本当のところ南野はどう思っているんだ?」


 南野が僅かに反応したのは、持っていた新聞の震えで察することができた。


「…別に何も」

「本当か? お前だけ1年だし…色々と問題ごとに関わるには早すぎるだろ」


 他の部員3人とは違い、学校にも部活にも入りたての部員だ。

 そんな彼が二つ返事でこんな悪ふざけのようなことを受け入れるとはとても思えなかった。

 

「…そんなことまでわざわざ考えてたのかよ。アンタってマジでお節介焼きだよな」


 ため息交じりに民家へ配達していく南野。

 俺は一応、彼からの返答が来るまで待つ。

 じっと眺めていた俺が気になるのか嫌なのか。

 南野はもう一度小さく吐息を洩らしていた。


「……俺は家から近いってのもあったけど、ハンドメイドあの部があるからあの学校に決めた。だから部が無くなられるのは、困る…」


 と、南野は自転車を押しながら、僅かに顔を俯く。 


「…けどそれ以上に、部の先輩たちがあんな集中してあんな良い作品仕上げてるの見たら…反対も何もないだろ。俺は部の先輩たちを尊重したい…」


 南野の言葉も最もだと思った。

 素人目に見てもあのビーズも編みぐるみもアクセサリーも、手間ひまかけたと解るくらいに繊細で素晴らしい作品だった。

 あれらが日の目を浴びないで終わってしまうのもまた、忍びない。


「…俺のことよりアンタは自分の身の振り方考えたらどうだ…?」

「どういう意味だ…?」

「―――藤斗美のフランケン」


 その言葉に俺の足が無意識に止まってしまった。


「弟が中学で野球部やっててな…その界わいじゃあ有名人だろ、アンタ」


 続けて南野は「部長以外の先輩たちも知っていたし、春大会の噂も耳にしている」と付け足す。

 それは―――確かにそうだろうな、と。冷静に思い直す。




 その嬉しくない異名も、様々な噂も。広まっていて当然だ。

 それによる白けた視線も痛すぎるくらいに受けてきたのだから。

 何を今更動揺しているんだ、俺は。





「…何でアンタみたいな人がうちの部に来たのか知らないけど…まだ仮入部なんだし手を引くなら今のうちだろ。じゃないと…野球部にも戻れなくなるぞ」


 南野は俺がまた野球部に戻ると思って心配してくれていたらしい。

 だが俺は野球部にもう戻るつもりはない。

 そう話すと南野は一瞬だけ驚いた顔をした後、また顔をしかめた。


「じゃあ何で休部なんだよ…それってつまり、まだ『期待に応えたい』みたいな未練が野球部にあるからなんじゃないのか…?」

「ち、違う…」


 随分と軟弱な否定しか出来なかった。

 自分でも不思議なほどだったが。

 ああ、そうか―――おそらく、図星だったからなのだろう。


「まあ、俺には関係ないけど……ただ、さっさと答えだけは決めなよ。どっちの部に居座るのか…ハンドメイドうちの部を逃げの理由にされるのは不愉快だからな」


 そう言って見せた南野の視線は恐ろしい程の冷血さ、というよりも敵意を感じた。

 朝焼けに照らされた彼の顔に対して、俺は随分と情けない顔を返していたことだろう。

 全く、後輩のくせして誰よりも一番鋭いところを突いてくる。




 何も言い返せなくなり無言になった俺を置いて行くように、南野の歩幅は大きくなっていく。

 これ以上バイトの邪魔も出来ない。

 俺は彼の背を見送るようにその場に立ち止まった。

 が、ふと何かに気付いたかのように、南野は足を止めた。

 遠くから微かに聞こえてきた舌打ち。

 随分態度の悪い奴だな、と思っていると、南野が引き返してきた。


「これ…アンタのとこ、配達先だろうから……」


 そう言って手渡してきた今日の新聞。


「そうなのか?」

「富良野なんて名字…この辺にはそういないだろ」

「…ああ、確かにな」


 思わず出てしまう苦笑。

 新聞を渡し終えると南野は再びバイトへと戻っていく。

 そんな彼の背に向けて俺は言った。


「お勤めご苦労様」


 彼からの返答などは、なかった。






 

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