第3話「残念です」
「――――で、部活動が終わるまでずっと掃除してたと…?」
じっとりとした目で俺を見つめる妹。
慌てて俺は言い訳をする。
「邪魔はしなかったし、喜ばれていたぞ? 悪いことじゃないだろ?」
「だからって見学行って部室の掃除する人なんている? 聞いたことないよ!」
怒鳴るような声で妹は俺に持っていたスプーンを向けた。
現時刻は夜。
俺と妹は母が作ってくれた夕食のカレーを食べているところだった。
「そうかもしれないが…どうにも綺麗になっていないと気が済まないというか…球場だってレーキで綺麗にならされていた方が次に練習するときの心持が違うだろ?」
良い例えだと思ったが、妹に「意味わかんない」と一蹴されてしまう。
俺は返す言葉もなくなり、仕方なくカレーを頬張る。
「……ところで、
「なに?」
「何故俺にハンドメイド部を薦めたんだ…?」
そもそもの質問だった。
妹はカレーを飲むように食べ終えると「そうそう」と表情を変える。
「お兄ちゃん案外手先が器用だからぴったりだと思ったんだよね。良さげでしょ?」
「案外は余計だし、良さげかどうかはわからないが…思っていた程、悪くはなかったな」
満面の笑顔で彼女は「でしょでしょ?」と返す。
「で、で! 上居先輩ってどうだった?」
「かみい、先輩? 誰だ?」
「ちょっとチャラっぽいけどイケメンの人! 部活動姿もかっこよだった?」
その説明で何となく浮かぶ人物。
女生徒を引き連れてやって来ていたあの部員のことだろう。
それにしても、いつになくグイグイと迫る様子。
どうやら、俺にハンドメイド部を薦めた一番の理由はそこらしい。
「気になるならお前が入部すればいいだろう?」
「えー…何かあの部って色々独特だし…それに見てわかるじゃん、私不器用だし。お兄ちゃんの方が器用でしょ」
「そうか? じゃあ稚菜は何部に入ったんだ?」
俺もカレーを食べ終え、グラスの水を一気に飲み干す。
すると妹は首を傾げながら答えた。
「え? 私は帰宅部だよ」
「おい」
高校生なんだから部活動はしとかないと―――と言ったのは何処のどいつだ。
「お兄ちゃん…部活動以外にだって青春はいっぱいあるんだよ」
得意げな顔でそう言うと妹はプリンを持って席を立ち、自室へと戻って行く。
おそらく食後のデザートはスマホをしながら、とでも考えているのだろうが…なんとも行儀の悪い奴だ。
そう思いながら俺は一人、食卓でプリンを食べていた。
妹の魂胆も理解出来たことで、俺は無理に部活動に勤しむ必要はなくなった。
ハンドメイド部という変わった部に興味がないわけじゃなかったが。
入部したいというほどの興味もなく。
翌日から再び帰宅部生活へと戻った。
と、いうより正直気まずさもあった。
見学しに行った先でしたことが部室内の整理整頓とか―――不躾にもほどがあるだろう。
出来ればもう会いたくないし、関わり合いたくもない。
これからは単なる同学年の生徒という関係で終わらせよう。
そう思っていた矢先のこと。
「ああ、先日はどうも。整理整頓して貰っちゃって助かりました」
ハンドメイド部の部員と遭遇してしまった。
同じクラスではないからと油断していた。
「もしかしてこれから帰宅ですか? せっかく見学に来てくださったのに」
いや、もしかすると偶然を装って話しかけてきたようにも思える。
いい気分のしない彼の笑顔を一瞥し、俺は歩き出す。
「それにもう来ないんですか? 部長も貴方が来ることを楽しみにしているのに」
「そんなわけないだろう。道具の触り方も知らない初心者だぞ」
そんなことないですよ。
そう言って彼は軽く眼鏡を押し上げ、再度笑顔を向けてくる。
「素人、初心者でも大歓迎ですし正直言うと部員数もギリギリなんで入部してくださると助かるんですけどね」
彼はいつまでどこまでついて来る気なのだろうか。
もう玄関まで近いのだが。
それでも彼は俺に語り掛けてくる。
「それに…貴方のような有名人が入部してくれるとこちらとしても知名度が上がるだろうしおいしいんですよ」
随分と正直な話だな。
というか、先日も俺のことを『有名人』と言っていたが。
俺は言われるほどの人物じゃない。
「充分有名人じゃないですか
「……そんな噂は聞くが、実際勧誘に来た奴はいない。強いて言えばお前が初めてだ」
俺がそう言うと彼は「そうなんですか」と、笑ってみせた。
と、そうこうしているうちに玄関口まで着いてしまった。
当然彼は帰宅する様子はなく。
下駄箱から靴を取り出すまで俺を見送っている。
「とにかく、僕ら一同貴方が入部してくれることを願ってます。何でしたら清掃部員でも構いませんし」
それはもう部員じゃなくて用務員だろ。
そんなことを思いつつ、俺は靴を履き替え玄関を出て行く。
「…一応考えておく」
「そうですか、残念です」
最後まで見送ろうとしているらしく、彼はその場で突っ立ったままでいる。
これでようやく諦めてくれたのだろうか。
安堵感と少しばかりの罪悪感に後ろ髪を引かれながらも、俺は玄関を出て行く。
「それではもう一つだけ、忠告良いですか?」
背後から聞こえてくる声。
振り返ることなく俺は歩く。
が、俺は足を止めた。
前方で俺を阻むように立つ人影。
視線の先にいた人物―――それはハンドメイド部にいた生徒その1だった。
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