第2話「整理整頓させてくれないか?」
「知らなかったことは事実だ、すまん…だが見学の意思はあって来ているし、手芸もそこまで苦手な方ではない」
得意、とも断言できないが。
野球部の練習時にほつれたジャージなどはよく自分で縫っていたこともあるしな。
「あー…それは俺らの部じゃやってねえんだよな」
「手芸って…他にもあるのか?」
その言葉は彼らにとっては地雷だったらしく。
閉口し、彼らは互いの顔を見合わせてしまった。
『初心者か』と言いたげの様子。
生憎と俺は妹にわけもわからず紹介されただけの身なもんでな。
そう言ってしまいたいところであったが。
俺が口を開くよりも先に、俺の背後―――部室外の廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「何この臭いー、ちょっと臭くない?」
「えー、これってあれじゃない? マニキュアの臭い」
「そうかも!」
女子生徒たちの甲高い声が廊下中に響き渡る。
「いやいや悪いね~、こんな匂いの中ここまでついて来てもらっちゃって」
と、そう答えていた声は男のもので。
それらの声の主たちはこの部室へと近付いているようだった。
「いいのいいの、私たちが勝手についてきたかっただけだから」
「じゃあついでに部活見学してく?」
「えー…、ハンドメイド部に?」
「…それは良いかな」
「あらら、ざーんねん」
キャッキャウフフといった会話の果て、予想通りこの部室にやってきた声の主。
その男子生徒も俺と同じ色のネクタイを緩く結んでいる。
「じゃあここで、また後で連絡するから―――っと、あれ? もしかして今になって入部希望?」
「一応見学者のようですよ」
「ああ、そう」
随分と冷めた返答を洩らした生徒は自分の宛がわれているのだろう席へと向かい腰掛ける。
気まずい、沈黙の空気が漂い始める。
そもそも部活動の見学とは、ただ黙々と見ているだけなのか?
少しばかり体験でもさせてくれれば興味だって持つかもしれないのに。
そんなことを思いながら、俺は黙って男たちの作業風景を見つめ続ける。
「そうそう、匂いきついでしょうからマスクしてください。そこに使い捨てのがあるので」
重装備をしている生徒はそう言って机の上に置かれたマスクを俺へと促した。
言われるがままにマスクを取り装着した。
が、よくよく見ていると他の部員たちは誰も重装備どころかマスクすらしてない。
「ああ…彼らはもう慣れちゃったとかで。本来はマスク推奨なんですけどね」
「こんなん慣れりゃあ都ってやつだろ」
「そりゃあ住めば都だって、ハルくん」
そう言うと彼らは賑やかに喋り笑う。
案外と部の雰囲気は悪くない、らしい。
見学をしてわかったことがいくつかある。
このハンドメイド部と呼ばれる部員たちは何やら創作作業中であるのだが、皆一様にやっている作業はバラバラだ。
銀色の粘土らしきものを捏ねている部員もいれば、あの重装備の部員は小さい楕円のパーツに何かを描いているらしい。
だが俺には何をやっているのか、さっぱりわからない。
唯一わかりそうなのは最後にやって来た部員がやっているもの―――。
「…あみぐるみ…だよな?」
掌サイズのクマの編みぐるみだ。
よく見ると何個も作っているそれはそれぞれ色が違う。
「おお、よくわかったね~。もしかして興味あるやつ?」
全く興味がない、と言えば嘘になるかもしれないが。
座っていた席から近かったこともあって作業風景が見えやすいのもあったからな。
「よかったらやってみる? やり方はシンプルだから案外楽勝だよ」
体験させて貰えるのはありがたい。
不慣れだろうがせっかく見学に来た縁もある。やってみよう。
そう思いながら作業道具や材料となる毛糸を受け取ろうとした。
そのときだった。
「な、なんだこれは…!」
俺は叫びにも近い声を思わず出してしまう。
「何って毛糸だけど見たことない?」
「それは知っている。じゃなくて! この入れ方はどうなんだって話だ」
細い糸から太い糸の様々な色の使用済みの毛糸が、段ボールにごちゃ混ぜに入れられていた。
『カラフルパスタ』という料理が存在するならそれがこれだと言えるほどだ。
「いや~なんか作業に没頭しちゃうと綺麗に収納してる暇も惜しくてね。いつもはたまぁに整頓するんだよ?」
と、彼の言い訳を聞くよりも先に俺は毛糸の整理を始めていた。
こういうのを見るとどうしても気になってしまう性格なもんでな。
絡まった糸を直し、色別、太さ別に分けて収納し直す。
「ごめんね~、雑用みたいなことさせちゃって」
そう礼を言いいながら、その部員は既に自分の作業に戻っていた。
自分のせいでもあるとはいえ、体験の機会を失ってしまった。
己が悪癖に若干の後悔をしつつも、改めて部室を見まわして思うことがある。
「…随分と散らかっているな…」
「そうか?」
「今は作業の時間が惜しくてね~」
「顧問の河村先生も滅多に来ませんしね」
彼らはそう言うと黙々と作業を再開する。
沈黙とした空気が再度漂うわけだが。
俺としては気になってしまった以上、部室の散らかりようの方ばかりに目がいき始めてしまう。
居ても立っても居られなくなり、俺は席を立った。
「邪魔なことはしない。だから整理整頓させてくれないか?」
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