ハンドメイド=ハンドメンズ

緋島礼桜

第1話「ようこそ、ハンドメイド部に!」









 高校2年生、春大会予選において俺の野球人生せいしゅんは終わった。

 周囲の期待も高かったし、プレッシャーも奢りも人一倍あったせいだろうか。

 俺は、あってはならない程の大失態を犯したのだ。




 本来ならばまだチャンスのある学年ではあるが―――失態を犯した俺にはもう、投げる気力などなかった。

 まあ、そもそも俺などが野球選手になれるわけでもないし。

 俺一人退部したところで、この名門野球部ならば替えの選手はいくらでもいる。

 顧問の先生は随分と俺を買ってくれていたようで、退部は未だ早いと言って休部扱いにしてくれたが、俺はもう野球部に戻るつもりはなかった。

 ―――とはいえ。

 野球ばかりの人生だった俺は中核とも言えるものを失い、真っ新状態になってしまった。

 そんな状態で俺は、高校2年の春を迎えることとなった。









「―――じゃあお兄ちゃん、他の部活入っちゃえばいいじゃん?」

「他の部活って…高2からじゃあもうレギュラーにはなれないだろ」

「いや何でもうレギュラー入ろう前提なのさ」


 朝の通学路。

 隣を歩いている彼女は一つ下の妹だ。

 今年同じ藤斗美ふじとみ高校に1年生として入学してきた―――つまり、俺の後輩にもなったわけだ。


「それに部活は体育系だけじゃないでしょ。知らない? うちの高校文化系も結構色んな部があるんだよ」


 そう言うと妹は指を折りながら文化系部の名を上げていく。

 よくそんなにも知っているなと俺が言うと「この前の朝礼会で部活動紹介してたじゃん」と返してきた。


「あ、そうだ! お兄ちゃんに良さそうな部活あったんだよね! そこ入ってみれば?」

「お前が選ぶのか」

「お兄ちゃんから野球抜けたら何にもない人なんだもん…せっかくの青春台無しにしそうで心配じゃん。それに高校生なんだからやっぱ部活動はしとかないと!」


 随分な言われようだと思ったが、事実故に何も言い返せない。

 だが高校生ライフを兄と登校から始めるコイツもどうなのか。


「それは、お兄ちゃんが後輩たちから怯えられないようにするためじゃん?」

「ああ、それか…お前の入学式のときは新任教師に保護者と勘違いされたからな…」


 今思い出してもあれは心が抉られる。

 長身と体格。そして父親譲りの三白眼のせいか、俺は年相応に見られることが少なく。

 更に同世代からはどうにも恐れられることが多いのだ。


「まあまあ。そう思われないためにこうして途中までは登校してあげてんだから兄想いの良い妹でしょ?」


 そんな気は全くしないのだが、俺はあえてそれを口には出さなかった。


「じゃあ、この先で友達と待ち合わせてるからもう行くね!」


 結局、弾丸のように喋り倒し颯爽と消え去る妹。

 残された俺は一人、歩道の真ん中で突っ立ってしまう。

 ―――悪かったな、どうせ俺は野球以外に友達もいない男だ。

 そんなことを思いながら俺は静かに学校へと向かった。





 野球部を休部して、早二週間。

 互いに気まずいからかクラスを訪ねてくる部員仲間もいなければ、俺自身も訪ねようとはしなかった。

 そのため、随分と静かで暇な高校生活を送っていた。

 こうなると俺にとって野球部は本当に軸だったんだなと、思い知らされる。

 今やっていることと言えば窓から空の雲を眺めたり、次の授業の予習をしたり、復習したり、そんな過ごし方をしていた。

 だが、だからといって野球部に戻りたいという感情は芽生えず。

 黙々と次の授業の準備をしていた、そのときだ。

 珍しくスマホに通知がきた。



『忘れてたけどおススメって言ってた部の教室教えとくね。一応行ってみなよ』



 と、思ったらそれは妹からだった。

 それは今朝話していた部活についてのものだった。

 何故ここまで積極的に薦めてくるのだろうか。

 おススメと言うのなら自分で入部すれば良いものを…。

 そんなことを考えながらも、俺はせっかくだし暇つぶしにはなるだろうと放課後足を運ぶことにした。

 と言うより、ここまで言われておいてその部活に行きもしなかったとなれば妹が激怒しそうだからだった。

 まあ、行くしかないだろう。

 

 






 妹の情報によるとその部は第二家庭科準備室という部屋で活動しているらしい。

 —――と、よくよく考えると妹め、肝心の部活名を教えてくれてないじゃないか。

 一体どんな部に連れて行かれるのやら…。

 一抹の不安を抱きつつも、俺はその準備室前へと辿り着いた。

 扉には生憎と部活名の看板や張り紙さえ一つもなく。

 本当にここで合っているのかという不安に駆られる。

 だが室内からは物音も聞こえてくる。

 中に人がいることは間違いない。

 俺は意を決して扉を開けた。


「失礼しま―――」


 入った瞬間、鼻の奥から脳にまで刺激を与えてくるような臭い。

 何かの薬品らしき臭いが室内中に充満していた。

 と、扉の音に反応して俺の方を一瞥する生徒がいる。


「…ん? もしかして入部希望者ですか?」


 彼は何故かゴーグルにマスク、アームカバーや手袋、エプロンと言った重装備感のある様相だった。

 もしやここは科学研究部といったところなのか?

 不意にそう思っていると、室内最奥にいた別の生徒が突如席から立ち上がった。


「マジか! 新入部員は歓迎するぜ! ようこそ、ハンドメイド部に!」


 両手を挙げてみせるほどの歓迎ムードで、その生徒は俺の前へと迫って来る。


「いや、俺は…まず、見学で…」


 思わず口篭もってしまう。

 同じ緑色のネクタイを見るにどうやら同学年の生徒らしいが。

 いや、それよりも色々と突っ込みたいのはそこじゃなく。


「というより…今、何部と言った?」

「ハンドメイド部だ。ま、手芸部って言った方が手っ取り早いのかもしんねぇけど」


 手芸部!?

 妹は俺に手芸部を薦めたということか?

 だがしかし、この謎の異臭もさることながら気になる点はもう一つある。

 

「あ? もしかして男が手芸部って思った口か? つか同じ2年なら俺らのこと知ってんじゃねえのかよ」

「仕方ありませんよ、ハルさん。彼は体育系部で活躍していた方ですから…僕たちのような片隅の部活なんて眼中になかったことでしょうね」


 呆れた顔を浮かべる同学年の生徒と、そいつを宥める重装備の生徒。

 ついでにずっと室内の隅で黙々と作業中の生徒も。

 ここにいる部員は全員男、という点だった。







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