第51話 陰陽の力 後編

 「ご主人様の不調の元凶は陰気」

 「うん、気が重くなるとか気が引けるとかマイナスや闇の力」

 「そして私が担当する陽の力は、その反対」


 立磨を本社の地下に連れ帰り、仮眠室で寝かせたジンリー。


 二人に陰陽の宝珠のテストを依頼してきた妹のジンリンと開発室で話し込む。


 「この件の解決策は、外部から陽の気を注ぐのとお義兄さんの心を引き上げる事」

 「ええ、私が必ずお助けします」

 「お願い、私は二人の新しい変身のバックルを作るから」

 「ええ、それはお願いします」

 「うん、じゃあこれでお義兄さんを起こしてあげて」


 ジンリンが、デスクの引き出しから以前のバージョンのファンロンバックルを取り出してジンリーに手渡す。


 「ええ、行ってきます」


 妹からバックルを受け取ったジンリーは、立磨が眠る仮眠室へと向かう。


 ベッドに寝かされ、点滴で栄養を補給している立磨。


「ご主人様、今お迎えに上がります」


ジンリーはドラゴンシフター二号に変身。


更に、白く輝く陽の宝珠を虚空から取り出して呟く。


「宝珠チェンジ、陽」


 ドラゴンシフター二号よう


 それはドラゴンシフター陰と対になる、白く神々しい天使のような姿。



  眠る立磨の腰に、バックルを当てて彼の腰に変身ベルトを巻く。


 「貴方を蝕む悪夢の時間は終わりです、ご主人様♪」


 立磨に撒かれたベルトに吸い込まれる形で、ドラゴンシフター二号陽は愛する夫の精神世界へとダイブした。


 「墨のような陰気、折角ご主人様の心の中に来たと言うのにこれはいけませんね」


 立磨の精神世界の状態を見て、二号は愛する人の心を救わねばと立磨を探る。


 「陽気解放っ! この殺風景な世界を私が染め上げます♪」


 背中から、光輝く天使の如き白い翼を生やして闇の中を進んで行く二号。


 二号が翼から、妖精が粉を振りまくように金色の粒子を噴出して行く。


 陽の気の粒子が周囲の陰気の闇に反応し、星空の如く闇の中に光が生まれて行く。


 「太陽系のようになりましたね♪ 惑星一つ一つが私との記憶、素晴らしい♪」


 惑星のような形で出現した、自分と立磨の思い出の数々を見て微笑む二号。


 他の記憶もあるがそれは気にない。


 「ああ♪ あの人の中に私がいる、昂ります♪」


 手応えを感じて、テンションが上がる二号。


 この調子で立磨の心を救おうとしていた二号に、背後から衝撃が襲う!


 「……ふふふ♪ 来ましたね♪」


 攻撃されたのになぜか笑う二号、振り返れば目の光が消えて手足が黑く鋭利な鱗と爪で覆われた龍と人が混ざった異形の裸体を晒した立磨の姿があった。


 「まあ、何と野性味のある素敵なお姿♪ 惚れ直しました♪」

 「……ウガ~~ッ!」

 「陰気にご主人様の心が捕らわれている、許せませんね」


 立磨からのレスポンスがない事に、内心で悲しむ二号。


 それが例え立磨自身が出している陰気であっても。


 自分と立磨を遮る者の存在を彼女は許さなかった。


 二号に向かい、雄叫びと共に黒い衝撃波を吐き出す立磨。


 だが、二号は動じない。


 両腕を組んで仁王立ちで立磨と向き合い、彼の咆哮を身に受ける。


 「勇ましくて素敵です♪ あなたの新たな一面が見られて私、幸せです♪」


 仮面の下でうっとりする二号、余人が聞けば恐怖と共に五体が粉砕されるであろう超振動の雄叫びも彼女にとっては推しのワンマンライブ。


 更に言えば、自分だけに向けられたラブソング。


 特等席にいるのに避けるなどあり得なかった。

 

 宝珠の力が陰気を無効化するのか?


 二号の体は、立磨の攻撃を受けても傷つく事はなく無敵の状態にあった。


 「この世界では私とあなたの二人きり♪ 何て素敵な世界でしょう♪」


 陰気により暴走状態の立磨に対し、二号もある意味陽の気で暴走状態であった。


 立磨に攻められても動じない、回避も防御せず受ける二号。


 凶器と化した立磨の腕により、身を切り刻むような猛攻が彼女を襲う。


 だが二号は、通常の敵なら霧散するレベルの猛攻を受けてもダメージを受けるどころか装甲が強固になり輝きが増していた。


 「さあ、どんどん私にあなたを下さいませ♪ もっと、もっと♪」


 立磨から攻撃をされる度に、彼女の脳内物質が分泌されて細胞が活性化する。


 攻撃を受けるごとに、テンションが上がって行く二号。


 ゲームに例えるなら、立磨から攻撃を受けるごとに彼女はレベルが上がりHPとMPが回復しているようなものであった。


 鋭い爪を振るわれ、ブレスを吐き出され。牙で噛み付かれ尻尾で鞭打たれて。


 立磨から繰り出されるあらゆる攻撃を、嬉々としてその身に受けて笑う二号。


 「ああ、何と言うご褒美でしょう♪ 私、舞い上がってしまいます♪」


 文字通り翼を広げて上昇しだした二号へ、立磨の尻尾が伸びて絡みつく。


 「まあ大胆♪ 無意識でも私を求めて下さるその姿勢、萌えます♪」


 ブレない、尻尾で締め上げられても二号は身も心も砕けない。


 何故なら自分に向かって来ているのは、愛する立磨なのだ。


 「光と闇は常に一体、闇が強まれば光も強まるのです♪」


 二号から発せられる明るい狂気。


 立磨に意識がなくとも、本能が危険を感じて二号を拘束する尻尾を解かせた。


 「まあ、私を怖がらないで下さいませ♪ 誰よりもあなたを愛する私を♪」


 余人から見ればその愛が恐怖だと言う事など考えない。


 二号ことジンリーは、立磨への愛に狂えるバーサーカーであった。


 「貴方が欲しい、もっと欲しい、何処までも欲しい、モア、ムーチョ♪」


 陰気をも超える狂愛の陽気、それは愛の白色彗星。


 人目を慮る必要のない精神世界で、二号の全力全開の愛が立磨に迫る。


 「私、あなたに対しては貪欲で強欲です♪」


 攻守逆転、二号が逃げる立磨を追い詰めて抱きしめて捕らえた。


 「意識のない貴方は堪能しました♪ 次はお目覚めになった貴方の全てを私に下さいませ、私の愛しいご主人様♪」


 身動きが取れぬほどに立磨を抱きしめ、彼女は優しく愛を込めて語り掛ける。


 「光ある瞳で私を見つめて欲しい、春の陽だまりのような笑顔で私の名を呼んで欲しい、恥ずかしがりながらも私の手を握って欲しい!」


 ありとあらゆる立磨への欲望を吐露し続ける、二号。


 「……I・LOVE・YOU♪」


 甘く、艶めかしく、愛おしく。


 時限爆弾のカウントのように、一言一言に想いを込めて立磨へと愛を囁く二号。


 愛を囁き終えた二号の全身が、核爆弾の爆発の瞬間の如く輝き爆発。


 立磨の精神世界を、宣言通りに真っ白に染め尽くしたのであった。


 「さて、これで後はお目覚めになるのを待つばかりです♪」


 精神世界から戻り変身を解いたジンリー。


 穏やかな呼吸で眠る立磨の傍で微笑む。


 「……はあ♪ ご主人様の寝顔が愛しくて素敵です♪」


 変身を解いても、立磨へのバーサーカーぶりは変わらないジンリー。


 「はいはい、ステイ! ここは会社の仮眠室だから、変な事しちゃ駄目だよ?」


 自分を棚上げして姉が暴走しないか見に来たジンリン。


 「ええ、わかってますよ邪魔されたくないですから♪」

 「私が言うのもなんだけど、お姉ちゃんはブレないね?」

 「当然です、我が愛は不滅ですから」

 「まあ、イチャイチャするならお義兄さんが起きてからにしなよ?」

 「ええ、勿論ですよ♪ ああ、早くお声が聞きたいです♪」


 妹との会話を切り上げるジンリー、しばらくすると立磨が目を覚ました。


 「ここは、もしかして会社の仮眠室か?」

 「はい、おはようございますご主人様♪」

 「ああ、ジンリーが運んでくれたんだな? ありがとう」

 「私もいるよ、お義兄さん?」

 「ああ、リンちゃんもありがとう」

 「うん、目覚めて良かったよ」


 立磨の目覚めを喜ぶジンリーとジンリン。


 「そう言えば、お加減は如何ですかご主人様?」


 ジンリーが上体を起こした立磨に尋ねる。


 「ああ、陰の宝珠を試してから苦しくて駄目だったのが嘘みたいに気分が良い♪」

 「良かった、陽の宝珠の力でご主人様の心に潜った甲斐がありました♪」

 「マジか、ありがとうなジンリー」

 「いえいえ、あなたと楽しい日々を過ごす為ですから苦ではありません」

 「その分苦労するのは私なんだけどね? 二人共、バックル壊しちゃったし」


 ジンリンがジト目で立磨達を睨む。


 「え? それってやばいんじゃね?」

 「必要な犠牲でした、後悔はありません」

 「いや、物は大事にしてよ二人共!」

 「うん、マジでごめんなさい」

 「次からは善処します」


 ジンリンに咎められてあやまる立磨と、懲りないジンリー。


 「まあ、私達は働きづめでしたし新しいバックルができるまで休みましょう♪」

 「いや、リンちゃんがものすごく恨めしそうにジンリーを睨んでるんだけど?」

 「何ていうか、私も休みたい」


 ジンリーの態度に溜息を吐いて呆れるジンリン。


 「いや、まあお疲れ様ですとしか言えねえ」

 「開発関係はそちらにお任せします」

 「うん、私はデスマーチに入るよ」


 休みたいと呟きつつ、とぼとぼとジンリンは戦場である開発室へと戻って行った。


 「取り敢えず、俺らも帰ろうか?」

 「そうですね、妹は可哀想ですが私達は帰りましょう」

 「ああ、俺ら肉体労働はできるが開発は門外漢だしな」


 ベッドから降りる立磨、点滴はジンリーが外して立磨の腕を手当てして片付ける。


 こうして、陰と陽の宝珠のテスト依頼は一応は達成されたのであった。


 今回の件を元に、立磨とジンリーの変身バックルの第三弾が作られる。


 フロートシティに戻ったジンリーと立磨。


 事務所二階の居住スペースのリビングで、仲良く食事を取る。


 「うふふ、やはりご主人様は意識的に動かれている方が素敵ですね♪」

 「いや、俺の心の中で何があったんだよ?」

 「それはもう、私がご主人様を救う大活劇を♪」

 「人の心の中で暴れちゃ駄目だって!」

 「陰気により暴走していたご主人様の心を救う為に、致し方なくですよ♪」

 「助けてもらった身だから、文句は言えねえ」

 「まあ、こうして二人で食卓を囲めているのでめでたしですよ♪」

 「素直に喜べねえ」

 「まあまあ、私のカレーを召し上がって下さいませ♪」

 「誤魔化すなよ、カレーは美味いけど」


 ジンリーは食卓で立磨と向き合い、元気良く大盛りのカレーライスを食べている彼の姿を見て微笑むのであった。

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