10
「ところで、本当に探して良いんですね?」
そんな多々羅をよそに、愛は念を押して彩に尋ねた。彩は再びきょとんとしたが、「勿論です!」と声を強めた。
「先程、縛られてると言ってましたが、それは事実ではありませんか?ネックレスが無くなって、これで跳ばなくて済むと気が楽になったりは?」
「…それは、」
「ちょっと失礼ですよ!大事だと分かったから、こうしていらっしゃってるんじゃないですか!」
「うるさい、俺は彼女に聞いてるんだ」
彩は俯き、そっと口を開いた。
「…確かに、そんな風にも思いました。背中を押してくれた筈のネックレスが、重かった。これは、私の栄光の証でもありましたから」
彩はぎゅっと手を握る。
「でも、駄目なんです。失って気付きました。私は、あのネックレスが、母の思いがあったから、ここまで来れたんです。私は、これ以上強くはなれないかもしれない、でも、無様に負けた時も、ネックレスはずっとここにありました。それは、これからも一緒じゃないと。私のスケート人生に、あのネックレスは必要なんです、負けて転んでも共に戦って、それで最後まで一緒に見届けてほしい。あのネックレスは、戦友みたいなものです。私がスケートを滑れなくなっても、それは私の宝物なんです」
彩は、そこにある筈のネックレスに触れた。多々羅の記憶にある彼女は、輝かしい活躍をしていた記憶しかないが、その裏では苦い思いも沢山してきたのだろう。共に戦ってきたネックレスには、彼女の頑張ってきた歴史が刻まれているのではないか、そんな風に思った。
そしてそこには、影で支えてきた母親の思いも込められている。
多々羅は愛に視線を向けた。愛が躊躇うのなら、彩の掩護射撃に出ようと思ったからなのだが、愛は彩を見つめて頬を緩めており、その優しい眼差しに、多々羅は思いがけず目を瞬いた。
「…分かりました。きっと見つけて説得します」
「え?」
しかし、愛はまた彩を不思議そうな顔にさせるので、多々羅ははっとして身を乗り出した。
「さ、探し出します!ですよね!お引き受けしました!」
多々羅が三度フォローに入ると、愛は再び怪訝な顔をしたが、彩はほっとした様子で頭を下げた。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「承りました。それでは、最後にネックレスを外した場所は?」
「はい、スケートリンクのロッカールームです。その時は、私も頭に血が上っていたので、投げるように鞄に入れて、そのまま帰ったんです…でも、家に帰ったら無い事に気づいて。それから家もロッカーも探したんですが、いくら探しても無くて。スケートリンクのスタッフさんにも聞いたんですが、落とし物の届け出も無いらしくて…」
「そうですか…分かりました。多々羅君、そこの開きの中に抽斗があるから、中から紙と万年筆を取ってくれる?」
多々羅は返事をして、席を立った。示されたキャビネットの下部、開きの戸を開けると、右側に抽斗、左側には空きスペースがあり、革の鞄が入っていた。とりあえず一番上の抽斗を開けると、中には小箱があり、その中に、手のひらサイズの和紙のような紙が束になって入っており、その隣には、インクと万年筆があった。
多々羅がそれを取り出している間に、愛は彩に向き直る。
「それから、ネックレスの近くにあった物をお借りしたいんです。ネックレスを外した時にしまっているケースだったり、ネックレスと同様に常に持ち歩いている物とかありますか?」
彩は小首を傾げたが、言われるまま足元に置いた鞄を膝に乗せ、中を探った。
「常に…財布やスマホ、化粧ポーチ、」
なかなか、借りれそうに無い物ばかりだ。
「手袋、」
「手袋?」
「はい、練習中つけているんですが、いつも一緒に持ち歩いてます」
「それって、お借りする事は出来ますか?」
手袋なら、予備があるのではと思っての事だ。
「構いませんが…何に使うんですか?」
「重要な証言をもたらしてくれます」
「…証言?」
それには再び、多々羅が間に入った。
「えっと!ほら、警察犬的な!匂いを頼りに探したりするんですよ!ね、店長!」
そう言って、多々羅は彩に背を向けたまま、笑顔で紙と万年筆を愛に差し出す。その顔は笑っているが、いい加減恨みがましい顔つきだ。
「…まぁ、そうだな。ありがとう」
多々羅の笑顔の圧に、愛は気圧されつつ礼を言ってそれを受け取った。彩はそんな二人の様子には気づかないようで、「…成る程」と、納得して頷いていた。無理矢理に引っ張り出した理由だったが、彩に不審がられていないようなので、多々羅はとりあえずほっと胸を撫で下ろした。
愛はといえば、何故、多々羅が焦ったり怒っているのかが分からないようで、多々羅の様子を気にしつつも、受け取った紙と万年筆を彩に差し出した。
「最後に、ここにお名前と連絡先をお願い出来ますか?」
「はい」
「出来れば、ネックレスの事を思い浮かべて、見つけたい気持ちを念じて書いて下さい」
「え?」
「おまじないです」
愛は、にこりと微笑んだ。
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