13 戦闘

 樹木が傷つけられ、枝葉が食い荒らされている。バイオビーストが通った跡だ。これを追っていけば、バイオビーストに遭遇するはずだ。


 だが、『グレイトヒーロー』の直感が、得体の知れない危険を感じていた。何かが違う、何かが。二十年ぶりの戦闘で、何か忘れていることはないか?

 彼は、二十年前を思い返してみた。


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 あの日、彼はリーダーとともに、バイオビーストを探索していた。既にスペース・シップはエネルギー不足で飛べなくなっていたので、上空からの探索はできない。

 レーダー反応は、二匹だった。

「手分けしていくぞ」

 リーダーと別れた彼は、一匹を追い、まもなく見つけた。まだ第一次変態で、夢中になって樹を食べていた。


 彼は、右手の人差し指の指先から、レーザーバレットを発射した。バイオビーストは、これで簡単に仕留めることができた。

 これなら、リーダーももう一匹を簡単に倒せているはずだ。彼は、リーダーと合流するべく走った。


 しかし、彼が見た光景は凄惨なものだった。リーダーは左手を失い、胸部に深手を負って倒れていた。

「・・・いつものヤツと違って、第一次変態から好戦的だ・・・それに、速い」

 リーダーは、息も絶え絶えに言った。

「すまない・・・君を一人にして・・・」


 数年前、遠征部隊の初代リーダーは、高齢だったこともあり、地球のウイルス性疾患で死亡していた。そして二代目リーダーも今、『グレイトヒーロー』を一人残して息絶えてしまった。


 だが、感傷に浸っている場合ではない。今回のバイオビーストは、第一次変態のうちから、今までのものとは比較にならないほど素速く好戦的だということだ。ということは、さっき倒してきたやつとは別物なのだろう。

 そして、おそらく経過時間を考えると、第二次変態に成長しているだろうと思われた。


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 そうだ、あの日の状況に似ている。今回のヤツも、おそらくあれと同類だ。

 考えてみれば、樹木の傷みは、わざと食い散らかしているようにも見える。もしかしたら俺は、誘い込まれているのかもしれない。


 彼は、レーダー反応に注意しながら、体の周囲に超能力で『シールド』を張った。まったく、これではどちらが狩られる側かわからない。


 頭上で枝の軋む音がした。彼がとっさに身をかわすと同時に、上からバイオビーストが飛び降りてきて、鋭い爪で『シールド』をかきむしったかと思うと、素早い動きで再び姿を隠した。

 何というスピード、そして威力。もはや、レーダーに気を取られている暇はない。レーダーの検知スピードよりも、バイオビーストの動きの方が速いからだ。


 バイオビーストは、短い間隔で何度も『シールド』に体当たりを食らわせてきた。一瞬も気が抜けないほどに。それに対して、彼はまだ一発もレーザーバレットを発射することができていない。


 『シールド』は、果たしていつまで持つのか? 前の戦いの時より彼は年を取って、明らかに戦力的に衰えている。しかも先日、超能力が枯渇して回復したばかりだ。長丁場になれば、敗北は目に見えている。


 彼は、見通しのよい場所に移動するために走った。山岳地帯で見通しのよい場所に出るためには、森林限界(このあたりでは概ね標高二千メートル付近)まで登らなければならない。それまで『シールド』が持つか?


 だが、二十年前の戦いの最中、彼は何も手を打てなかったわけではない。それを一つ試してみることにした。


 バイオビーストが襲撃してくるであろうタイミングを見計らって、彼は体を回転させながら、レーザーブレードの長さを五メートルにして振り回した。

 ガツンという音がして、ブレードは止まった。バイオビーストの足に当たったのだ。だが、切るどころか、足をすくうことすらできなかった。

 しかし、一瞬だが動きを止めることはできた。その隙を突いて、ついに彼はレーザーバレットを放った。

 命中!バイオビーストは咆哮すると、身を翻して逃げた。致命傷にはなっていない。


 彼は追いかけようとして思いとどまった。なぜなら、ようやくはっきりとその姿を確認したバイオビーストは、既に体長三メートル程にもなっていたからだ。第三次変態になりかけている。

 もはや、通常の武器が通用する相手ではない。スペース・シップ搭載の兵器が必要だが、あと一発残っていただろうか?また、残っていたとしても、使えるだけの動力が残っているだろうか?


 彼は、山岳地帯を駆け登りながら、スペース・シップに『超通信』で語りかけた。

(♯『アイコン(※スペース・シップのメイン・コンピュータの名前)』、生きてるか?)

 節電状態から起動するような一瞬の間の後、

(♯かろうじて)

と、『アイコン』は応えた。


(♯クラウドゲート・ミサイルは、あと何発ある?)

(♯二発だが、撃てるのは一発だけだ)

 動力が持たないからであろうことは、彼にもわかった。

(♯何とかロックオンするから、撃ってくれ)

(♯撃ったら、私は眠るぞ)

 いよいよその時が来てしまったか、と彼は思った。撃ったが最後、『アイコン』は、二度と目覚めることのない眠りについてしまう。失敗は許されない。


 彼はついに森林限界地点に到達した。バイオビーストは、この一帯に現れれば、いかに速かろうとももはや身を隠すことはできない。

 しかし、バイオビーストは現れない。まさか、第三次変態になるのを待っているのか? いや、肉を食い続けなければ第三次変態にはなれないはず。俺を食うのを後回しにしたのか? その可能性はある。それで熊や鹿や兎を探して襲っているのか?


 彼は、もう一度レーダーを確認した。

 いた。百メートル先から、こちらに向かっている。

 その姿が見えたとき、彼の背中に冷たいものが走った。


 バイオビーストは、既に禍々まがまがしい第三次変態になっていた。体長約十メートル。成長速度が早い。俺にあいつの動きを止めるだけの力があるだろうか?

 だが迷っている暇はない。彼はチェーンショットを二発、バイオビーストに打ち込んだ。通常、これは逃げる相手を拘束するためのものだが、バイオビーストは、無視してこちらに向かって来る。


 彼は、チェーンを通して全力で超能力を注ぎ込み、バイオビーストを食い止めた。そしてすぐさま、心臓部にロックオン・マークを打ち込んだ。

(♯頼む、『アイコン』!)

 おそらく三秒は持たない。彼の血管は、今にも切れそうだった。


 次の瞬間、クラウドゲート・ミサイルが亜空間から現れ、ロックオンマークに命中した!

 バイオビーストは、断末魔の悲鳴を上げると、周りの空間ごと闇に包まれて消えた。


(♯『アイコン』、バイオビーストは、うまく『クラウド』に送り込めたか?)

『クラウド』とは、いわゆる異次元空間の倉庫のようなものだ。

(♯うまくいった。私はもう寝る)

 『グレイトヒーロー』は、その場にへたり込んだ。彼の体力も超能力も、もう枯渇していた。

(♯ああ、おやすみ、『アイコン』)

 もう『アイコン』は目覚めない。さよなら、相棒・・・彼は、心の中で呟いた。



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