9 関係

 次の日、ひかるはかなに詰め寄られて、たじたじとなっていた。

「それにしたって、私を尾行することはないと思うけど」

 ひかるが不満を口にすると、

「尾行なんかしてないよ、たまたま見かけただけ」かなは、この部分は嘘をついた。「まあ、見かけた後は尾行したけど。で、あの男は誰なわけ?」

「実は、ルームシェアしてるんだ」


 ひかるの回答は、かなにとって予想外のものだった。

「あんたねえ、中年男とルームシェアだなんて、誰が信じると思う?」

「だって、家賃を払ってくれてるんだよ」

「パパ活かよ!」かなは呆れて言った。「あんたのアパートの間取りはわかってるよ。どこにルームシェアできる部屋があるのよ」

 そこを突かれると、ひかるは返す言葉もなかった。まさか同じ部屋で寝ているとは、さすがに言えない。


「まあまあ」

 みなが仲裁に入った。

「年の差はあっても、健全な男女交際かもしれないじゃない。相手の人は独身なの?」

 あっ、とひかるは思った。

「聞いてなかった」


 すかさず、かなが攻め立てる。

「それが一番重要じゃない。不倫になってるかもしれないんだよ?」

「だから、男女の関係じゃないんだってば」

「百歩譲ってそうだとしても、相手に奥さんがいたら、そうは思わないんじゃない?」

言われてみればそのとおりだと、ひかるも思った。

「・・・わかった。確かめてみる」


 せっかちなかなは、ひかるが仕事帰りにスーパーに寄って買い物をしているすきに、昨日男と会っていた場所へ先回りした。案の定、今日もそこで男が待っていた。かなは、思い切って男に話しかけてみた。


「あの」

 いきなり女性に話しかけられた『グレイトヒーロー』は、明らかにびっくりしていた。

「私、ひかるの友達で、橋田かなといいます。単刀直入に聞きますけど、ひかるとはどういう関係なんですか?」

 そういうことか、と理解した彼は、かなに逆に尋ねた。

「ひかるさんには、何も聞いてないの?」


 口裏を合わせようとしているな、とかなは思い、カマをかけてみることにした。

「不倫相手だって言ってましたけど」

「そ、そんな馬鹿な・・・」彼は一瞬動揺したが、すぐに落ち着いて応えた。「僕は独身だし、そもそも彼女とは男女関係にない」

「じゃあ、どういう関係なんですか?」

「夕飯をごちそうになる関係、というか」

「でも、泊まっていくそうじゃないですか」

 そんなことまで言っちゃってるのか、と彼は思いつつも、

「時々はね。でも、同じベッドで寝たりはしない」


 かなが、次にどうやって追及しようか考えている間に、彼が先回りして言った。

「ひかるさんのことが心配なんだね。まあ無理もないけど、僕もいい年をして、娘のような年齢の女性に手を出したりはしないから」

 肉体関係にならない程度のパパ活ってこと?とかなは考えた。

「これからも、ひかるさんの力になってあげてね」

 彼がにっこりと笑って語りかけると、かなは、自分が何か間違ったことをしている気分になった。


 だから、

「失礼します」

と一礼して、立ち去ることしかできなかった。

 大人の余裕を見せられた、とかなは思った。くやしいが、相手の方が一枚上手だった。


 でも、あの人が言ったことは信頼できそうな気もした。それもこれも、あの笑顔のせいだ。ああなんてこと、私までたぶらかされてる気分。



「えっ、かなに会ったんですか?」

 ひかるはちょっと動揺した。

「うん、何だか誤解していたみたいだけど、君のことをとても心配していたよ。いい友達だね」

『グレイトヒーロー』は、笑顔でその時の様子を語った。


 かなに先を越されてしまったので、ひかるは、彼が妻帯者なのかどうか聞きそびれてしまったが、かなに『独身だ』と言ったと聞いて、ホッとしたのだった。



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