7 スペース・シップと借屋敷

 次の日は休日だったので、ひかるはサンドイッチを作って、彼の運転する車で、政府から借りているという家に向かった。気分はまるでピクニックのようにウキウキだった。


 だが、山奥に現れた鉄柵の扉の錠を、例によって彼が超能力でひょいと開け、中に入ると、そのあまりにも広大な敷地に度肝を抜かれてしまった。

 百メートル位先だろうか。駐車場とたいそうな洋館が見える。その隣には、何やら大きな倉庫らしき建物があった。近づくにつれて、それらの建物は思ったより大きいことがわかってきた。


「何ですか、この大きな建物は」

 ひかるは、その出で立ちに圧倒されていた。

「昔の財閥の別荘か何かだったらしい。没落して政府に売り渡され、増築して、外国から秘密の要人を迎える迎賓館として使っていたという話だ。でも結局、都心からあまりにも離れていて、警護が大変だから、いつの間にか使われなくなったんだろう」


 彼は、洋館の隣にある大きな倉庫の前に車を乗り付けた。そして横幅・高さとも十メートル以上はあろうかというシャッターを、リモコンスイッチで上げた。

 奥の方に何か見えるが、暗くてよくわからない。彼が電灯のスイッチを押したとき、ひかるは「あっ」と声を上げた。


 これがスペース・シップ? 円盤形UFOというよりは、大判焼きのような平べったい円柱形だ。外観はつや消しのシルバーっぽい色で、突起物も窓のようなものも見当たらない。


 彼が右手の人差し指を上下に動かすと、スペース・シップの側壁が開いて、中に入るためのスロープ・ボードが出てきた。

「普通なら、ここに乗るだけで中に運んでくれるんだけど、省エネモードにしてあるから、自力で登らなければならない」

 彼はそう言ってスロープの先端に上ると、ひかるに手を差し伸べた。ひかるが手を差し出すと、その手を握り、

「気をつけて上って」

と、ひかるを引き上げるようにして中に入って行った。


 中に入ると、うっすらと照明が灯った。これも省エネモードのようだ。

 ひかるは、飛行機の操縦室のような計器だらけの部屋を想像していたのだが、全然違っていた。殺風景で、中央に床からせり出したような椅子があるほかには、何もなかった。

 すると、その椅子の隣に、音もなく床がせり上がってきて、もう一つの椅子を作り出した。


「乗り込んだ人の数だけ、椅子を用意してくれるんだ。座って」

 二人が座ると、突然その前の空中に、パソコンのデスクトップ画面のようなものが現れた。

「これは、ヴァーチャル・モニター。これでいろいろと操作できるんだ」

 彼はその画面を指で操作して、何かをしようとしたが、すぐに思いとどまった。

「本当ならいろいろとやって見せたいんだけど、バッテリーが残り少ないんで、やれないんだ」


「これ、本当に飛べるんですか?」

 ひかるが尋ねると、彼は苦笑いして言った。

「飛べるし、人も飛ばせるし、戦闘形態にもなるよ」

「人を飛ばせるって、どういうことですか?」

「『空間転送』といって、設定した地点まで人や物体を瞬間移動させられるんだ。君のアパートの部屋の中に空間転送することだってできるよ。まあ、今はそういうことができないから、ほとんどここを留守にしてるんだけど」


 彼が立ち上がると、ヴァーチャル・モニターは消えた。

「そういうわけで、今はスペース・シップでは何もできることがないので、屋敷に移ろう」


 そうして二人は、倉庫の隣のたいそうな洋館に移った。中に入ってみると、とてつもなくだだっ広い建物だった。ホールがバスケットボールのコート並に広く、三階建てのようで、部屋数が想像できなかった。


「俺一人しかいないのに、無駄に広いでしょ。週に一回は清掃を業者に頼んでいるんだけど。なんでこんな所を借りたのかというと、建物よりも、スペースシップを格納する倉庫を建てられるだけの大きな敷地があって、あまり人目につかない場所である必要があったんだ」


 彼は、一階の一部屋に彼女を案内した。そこは事務室のように机と椅子がいくつか置いてあり、そのうちの一つの机の上には、デスクトップパソコンが置いてあった。

「このパソコンが、日本政府との連絡窓口なんだ」

 彼はパソコンを立ち上げ、オンラインミーティング・アプリを起動した。


「こんにちは、ユーゾー」

 彼が呼びかけると、見覚えのある年配の顔が、パソコンの画面に現れて言った。

「やあ。隣に誰かいるようだが、大丈夫なのか?」

「彼女は心配ない」

「昨日は、派手に立ち回ったようだな」

「ああ、おかげで回復に三日はかかる」

「その間、が悪さをしないよう、祈るばかりだな」


 誰だったっけ、この人。有名な人だと思うが、ひかるは思い出せなかった。

 『グレイトヒーロー』は、その人物と会話を続けた。

「そういうわけで、次の勤務は三日後になるが、どこへ行けばいい?」

「羽田空港で、いつものとおり」

「了解した」

 ひかるにはよく意味のわからない会話が続いた後、彼はパソコンをシャットダウンした。


「今の誰だったか、わかった?」

 彼の質問に、ひかるは首を横に振った。

「見たことのある人だとは思ったんですけど」

 彼は、ニヤッと笑って答えた。

「内閣官房長官」

 ひかるは、びっくりして言葉が出なかった。



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