高級アイスを食べてみたい

さわこ(@rinrinko0101)様主催企画、「#ひと夏なんかじゃない2023」参加作品。

お題②:アイス


 ──────────


 高級なアイスクリームが食べてみたいと、そう思っていた。

 だって私の家は、ちょっと貧乏な方で、いや、別に暮らしていけないってほどではないんだけど、まあ、贅沢する日っていうのが年に1回や2回、あるかないか……くらいの。要するに、普通の家だと思う。うん。

 だから私は、あまり欲しいものを言わないようにしていた。気づいたらこうなっていた。

 高校生とかにもなると、バイトをして自分で稼ぐっていう文化に馴染むことが出来たから、自分で使う分は、自分で稼いでいた。ほら、友達との遊びに使ったり、恋人とデートしたり、両親への誕生日プレゼントを買ったり……まあ、色々。自分で自由に使えるお金があるっていうことはとても素敵なことだと思ったし、何より、お金の大切さを身を以って知ることが出来た。

 ……まあ、それはさておき。そう。今回注目したいのは、高級なアイスクリーム。

 といっても、コンビニで買えるようなアイスだ。でも確か、そのアイスクリームの工場は世界で4つしかなくて、そのうちの1つが群馬県にあるとかないとか……そんな話を聞いたことがある気がする。

 よくテレビのCMで見るんだ。アイスの容器を手のひらで包んで、少し溶かす。じゅわ、と溶けたアイスクリームに、ライトの反射で光るスプーンを差し込んで。アイスクリームは、スプーンに抵抗したりなどせず、受け入れてくれる。そうして一口分を掬って、綺麗な女優さんが口に運ぶのだ。その光景の高級感と艶めかしいことと言ったら。ああ、いや、見るところはそこじゃない。

 とにかく、私はそんなCMを見ては、心を躍らせていた。いつか私も、食べてみたいと。

 でもバイトをしても、「そのアイスクリームを食べよう」という思考には至らなくて。気づいたら、そのまま成人してしまっていた。「人生で一度もあのアイスを食べたことがないんだ」と友達に言えば、「ええ、そんな人いるんだ」、「人生損してるよ!」、「食べてみなよ、本当に美味しいから!」とかなんとか色々言われた。そんなに美味しいのか! と思っても、やっぱりコンビニに行く頃には忘れてしまう。

 あのアイスは、ちょっとした贅沢。

 別に、なかったところで死ぬわけじゃない。大々的にやるものでもないから、わざわざそのために外に出るとか、そういうのも考えたことがない。だからといって、念頭に置いているわけではないから、つい取り出すのを忘れてしまう。

 そんな思いを、ずっと抱えている。


 でも、今付き合っている人にそれを打ち明けたら(そういう話の流れになったのである)、じゃあ買いに行こう、奢るから。と言ってくれた。

 え、で、でも、わざわざそのために。とか、奢ってくれなくても、とか色々言ったけど、いいじゃん、俺も食べたいし。の一言で押し切られた。貴方が食べたいのなら仕方がない……。うん……。

 というわけでやって来たコンビニ。お目当ては因縁のアイスクリーム。だけど私はアイスコーナーを全部見て回って、にこにこしていた。こう、アイスが所狭しと並んでいるのは、見ていて気持ちがいい。パッケージも色とりどりで、気分が上がるというのもある。

 貴方がアイスコーナーの扉を開けて(大体ちょっと上の所の、扉のある棚に入っているイメージがある。ここも例に漏れずそうだった)、どの味が良い? と尋ねて来る。どうやら私が知らないだけで、このアイスには色々な味があるらしい。……でもなんだか名前がオシャレというか、難しくて、私にはよく分からなかった。あとは……。

「……私、これが食べたい」

 そう言って、背中に隠していたアイスを取り出す。それは、私が好きなお菓子とアイスのコラボ商品だった。


 だってだって、高級アイスはいつでも食べられるもの。でもコラボ商品は、今しか食べられないんだもん。そうすると自ずと、コラボ商品の方に気を引かれる。

 ほくほく顔で帰宅すると、溶けない内に食べよ、とアイスを広げた。そして2人で、いただきます。

 炎天下の中を2人で歩けば、容器を手で包まなくともアイスはいい感じに溶けてくる。スプーンはあっさりアイスに飲み込まれた。私は一口分を掬って、食べる。

「……美味しい~!!」

「なら良かった」

 そう言って笑う貴方。貴方は1人、高級アイスを食べている。なんだか申し訳なくなった。

 ごめんね、と言いつつ、アイスを一口分、貴方の口に放り込む。なんで? と聞き返してから、美味しいね、これ。と笑ってくれた。

「また一緒に買いに行こ」

 その言葉に、心がぽかぽか温かくなる。そうだ、私、この人のこういうところが、すごく好き。

 ありがとう。ね、これ美味しいよね。と、私は笑った。

 お返し、と言い、貴方は私に一口分けてくれる。するとそのアイスは舌の上を滑り、それだけで分かるこの重厚感、多幸感。思わず瞳を輝かせる頃には、口の中からアイスは消滅していた。なるほど、これが……。

 私の初高級アイスは、いとも簡単に終わってしまった。でも、いい。むしろ、これで良かったとさえ思える。

「美味しいね」

 そう言うと、でしょ? と、貴方は輝かしい笑顔で答えてくれた。

 そんな表情が可愛くて、愛おしくて、私は貴方にキスをする。すると貴方は顔を赤くして、今は食べてる最中でしょ、と照れを隠すように叱って来た。

 はぁい、と私は間延びした返事をし、アイスを口に含む。溶けない内に、食べないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る