その香りが、心の支え
さわこ(@rinrinko0101)様主催企画、「#ひと夏なんかじゃない2023」参加作品。
お題①:香水
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夏の暑さより、貴方の体温に溺れていた。繋いだ手が生温くて、クーラーを付けているのに、触れる肌がこんなに暑くて。でもそれが心地良くて、一瞬たりとも離れたくないと、そう思った。
滅多に会うことが出来ない貴方だから、貴方との一瞬一瞬を、頭に、体に、焼き付けていた。
貴方といると、時間はあっという間に過ぎてしまう。貴方に会える日を、いつも指折り数えて待っているというのに。貴方に会う時に限って、時間は私に意地悪をする。
「お揃いの香水を買ったんだ」
別れ際に、貴方はそう言って私に一つの香水を手渡してくれた。匂い物が苦手な私が顔をしかめると、彼は苦笑いを浮かべる。そして彼は軽く、使い方を教えてくれた。
手首に付けて、軽くとんとんって叩くといいよ。それで首回りに付けたりして。そうするとずっと香りを感じられるんだ。ほら、首には太い血管があるからね。香りが立ちやすいんだって。あ、でもずっとが嫌だったら、ハンカチに軽く吹きかけたりすると取り出した時に少し香って、お洒落だよ。
私は彼の言うことを一つも聞き漏らさないよう、うん、うん、と必死に耳を傾けた。せっかく彼が私のためにとくれたものなのだ。貴方が教えてくれるように、使いたい。
説明が終わって、そろそろ本格的にお別れ。周りの目も気にせず、私たちは抱き合う。夏だから、やはり暑い。でも貴方に触れる時間は、そんなことも気にならない。
夏の香りと、ちょっと酸っぱい汗の香り。そして貴方の香水が鼻孔を掠める。それを脳に刻み付けて私は、「またね」と、涙声で呟いた。
努力しなければならない日常が戻ってくる。夢の時間が終わって、私は現実に帰ってくる。
ため息は押し殺せなくて、私は静かに目を伏せた。
貴方と別れたその瞬間から、私の中から貴方の欠片が零れ落ちていく。ぽろぽろ、ぽろぽろ。それが悲しくて、必死に捕まえようとするけれど、やはり私の手からすり抜けていく。
ふと視線を落として、バッグの中にある香水が目に入った。貴方からもらった、香水。
開封して、教えてもらった通りに、まずは手首に軽く吹きかける。それを手首を打ち合わせるようにとんとんと叩いた。すると、ぶわ、と香りが溢れ出るような感覚がして、私の鼻孔をくすぐる。一瞬だけ、貴方と抱き合った感触が甦ったような気がした。
すがるように、手首を首に持って行って、再びとんとんと叩く。……するとどうだろう。心地良い香りが、全身を包んでいくような感覚がした。いつも貴方から微かにする、香り。
貴方に包まれている。守られている。そんな気がする。
視界が涙で霞んで、慌てて手の甲で拭った。でもそんな動作ですら、香りが立つ。更に泣いてしまわないように、深呼吸をして。
前を向く。
「……よし、頑張るぞ」
貴方がくれたものが、記憶が、いつだって私の心の支えだ。
私は現実に帰っていく。でも、もう恐ろしくなんてない。
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