後編

 リットンが騎士団長を退任する当日。


 エリアの父ことアルストイ子爵は、闘技場の一角に設けられた貴族専用の席に腰を下ろし、疲れた声音で独りごちる。


「エリアから決闘の話は聞いていたが、まさかこれほどまでに大事おおごとになるとはな」


 う。

 もともとリットンとオルソンの決闘は、騎士団の練武場で行なわれる程度の話であり、あくまでも騎士団長退任の余興にすぎないはずだった。


 しかしどこから漏れたのか、当日にリットンが任命するはずだった、次期騎士団長がオルソンだという情報は瞬く間に国中に伝わり、あれよあれよという間に話が大きくなっていった結果、闘技場に観客を入れて決闘を行なうこととなった。

 最早、主要行事であるはずの騎士団長退任がオマケになっている有り様だった。


「こんなところで打ち負かされようものなら、リットンくんはいよいよ立ち直れなくなるやもしれぬな……」


 ついリットンを心配するようなことを口にしてしまい、やれやれとかぶりを振る。

 エリアが一途に慕っている男だからか、あるいはこの一週間ともに暮らしたことで情でも湧いたのか、いつの間にやらリットンに肩入れしている自分がいることに、少なからず驚きを覚える。


(まあ、騎士団長を務めていただけあって好青年だし、あの様子ではエリアもリットンくん以外の男と婚約する気もないだろうし、決闘に敗れればいよいよ行く当てもなくだろうし……婿養子として迎え入れるのも、悪くないやもしれぬな)


 そうすれば、エリアはさぞかし喜ぶだろうし――などと、子煩悩全開な一言を心の内で付け加えていると、


「失礼」


 一言断りを入れてから隣の席に座った男を見て、思わず瞠目してしまう。

 なぜならその男は、リットンの父にして、血の繋がっている彼を容赦なく義絶した、レイスター伯爵その人だったから。


「これはこれはレイスター卿。やはり、縁を切ったとはいってもご子息のことは気になりますかな?」


 挨拶代わりに軽く牽制してみると、レイスター伯爵はわかりやすいくらいに不快な表情を見せた。


「アレを私の息子などと呼ぶのはやめてくれ。アレがカミラ嬢に婚約を破棄されたせいで、私が社交界でどれほど肩身の狭いを思いするハメになったことか。挙句の果てに、唯一の取り柄である剣の腕も錆び付き、騎士団長という肩書きまで失うなど……アレは存在しているだけで、レイスター家の汚点になりかねないゴミクズだよ。闘技場ここに来たのも、アレのゴミクズさ加減を再確認しにきただけにすぎん」


 汚点になるような失態を犯してしまったからこそ、護ってやるのが家族というものだろう――という反論は呑み込み、代わりに別の言葉を返した。


「だから、義絶したと?」

「ゴミクズには捨てる以外の用途はないからな。それより、其方そなたがアレを匿っているという話はまことか?」

「真だ。エリアがその気なら、このまま婿養子に迎えるのも悪くないと思っている」


 本当に言葉どおりに、リットンに対して情が残っていないのかを確かめるためにさらなる牽制を試みるも、返ってきたのは我が意を得たりと言わんばかりの邪悪な笑みだった。


「アルストイ卿……今の言葉、言質をとったと解釈してよろしいかな?」


 ていよくゴミクズを引き取ってもらえる――そんな思惑を隠そうともしない、醜悪な問いだった。

 いよいよ不快感を覚えたアルストイ子爵は、半ば吐き捨てるように答える。


「そうとってもらってもけっこうだ……!」


 これ以上話し続けたら、いよいよ罵詈雑言を浴びせてしまいそうなので、アルストイ子爵は話は終わりだと言わんばかりに、レイスター伯爵から顔を背けた。




 ◇ ◇ ◇




「まさか、これほどの大事になるとは……」


 奇しくもアルストイ子爵と同じことを呟いていたリットンは、控え室に設けられた長椅子に腰に下ろし、頭を抱える。


 リットンの応援のため、特別に控え室に入ることを許されたエリアは苦々しげに言った。


「おそらくは、カミラ様の仕業だと思います。いったい何があの方をそこまで駆り立てるのかはわかりませんが、リットン様をとことんまで辱めるおつもりなのでしょう」

「だろうな。カミラは一度でも気に入らないと感じた者に対しては、執拗なまでに加虐的になるからな」

「だからといって、ここまで大事にすることもないでしょうに」


 呆れ混じりにため息をつき、控え室の隅に設置されている時計を見やる。


「入場の時刻まで五分を切りましたね。リットン様、そろそろご準備をなさった方がよろしいかと」

「……ああ。そうだな」


 リットンの声音が先程よりも沈んでいることに気づいたエリアは、寄り添うようにして彼の隣に座る。


「大丈夫です。リットン様なら絶対に勝てます」

「エリア嬢……そう言ってくれることが心強いと同時に……恐くもあるのだ。もし負けてしまって、君の期待にも応えられなかったら、私は今度こそ居場所を失うことになる。それが……たまらなく恐いのだ」

「それこそ大丈夫ですよ。負けたら負けたで、わたくしたちのもとに戻ってくればいいだけの話ですから」


 彼にとっては意外な返答だったのか、リットンは目を丸くする。

 そんな反応が面白くて愛おしくて、エリアはつい笑みを零してしまう。


「確かにわたくしは、リットン様なら絶対に勝てますと言いました。ですが、それはそれ。これはこれです」


 言葉の意味を呑み込むのに時間がかかっているのか、リットンはしばし呆然すると、


「……くッ、ははははッ」


 弾かれたように笑い出した。


「それはそれ。これはこれ、か。そんな考え方ができていれば、今よりももう少しマシな状況にできていたかもしれないな」

「マシな状況にされては、それはそれで困ります。でないとわたくしは、こうしてリットン様にお近づきになることができなかったかもしれませんから」


 躊躇なく好意をぶつけると、リットンは逃げるようにしてこちらから顔を背けた。が、


「確かに、それは困るな」


 同じ思いを口にしてくれて、エリアはつい笑みを深めてしまう。

 直後、腹の底に響くような鐘の音が、二人の耳朶じだを打った。


「時間か」


 リットンは立ち上がり、依然としてこちらから顔を背けながらも訊ねてくる。


「エリア嬢。一つ、頼んでもいいか?」

「わたくしにできることなら何なりと」


 即答するエリアに対し、リットンはわずかな逡巡を挟んでから訥々とつとつと言った。


「応援の際は、私のことを〝様〟付けではなく、呼び捨てで呼んでくれないか? おそらくその方が、私としても力が出ると……思う」


 嬉しすぎる頼み事に、エリアはいよいよ破顔する。


「でしたら、これからはわたくしのことはエリア嬢じゃなくて、エリアと呼んでくださいね。リットン」

「そうだな……わかった。エリア」


 そのやり取りを最後にリットンは歩き出し、控え室の奥にある、闘技場の舞台に繋がる廊下を進んでいく。


 エリアも舞台に入りさえしなければ、入場口から応援をすることが許されているけれど。

 これから決闘に赴くリットンの邪魔をしたくなかったので、彼が舞台に入場し、他者の立ち入りを禁じる仕切りが設けられるのを待ってから入場口へ向かった。




 ◇ ◇ ◇




 リットンが舞台に上がると、すでに入場を果たしていたオルソンが慇懃無礼に話しかけてくる。


「さすがは騎士団長ですね。恥をかくとわかっていながら舞台に上がってくるとは。俺には到底真似できませんよ」


 露骨なまでの揶揄やゆに対し、リットンはあくまでも冷静に応じる。


「それくらい、真似してもらわなければ困るな。騎士団長ともなると、恥を忍ばなければならない場面も少なくないからな」

「……なるほど。肝に銘じておきます」


 聞き分けの良い返答とは裏腹に、オルソンの表情は露骨につまらなさげだった。


「そんな情けない男の話なんて耳を貸す必要はないわ! オルソン!」


 オルソンの後方から、女の叫び声が聞こえてくる。

 まさかと思って視線を移すと、仕切られた入場口に立つカミラの姿が見て取れた。

 どうやらエリアと同じように、オルソンの応援のために特別に立ち入りを許してもらったようだ。


(それにしても相変わらずだな、カミラは)


 一線を引くように元婚約者を〝嬢〟呼びしながらも、心の中で嘆息する。


 お熱になっている間は今のように婚約者を応援したりもするが、ひとたび気にくわないことがあれば、以降は言葉の全てが誹謗に置き換わる。

 カミラ・エルネーゼとは、そういう女性だった。


 リットンと婚約した当初は、カミラも今のオルソンに対するのと同じような感じで接してくれたが、彼女が他者に対してあんまりにもあんまりな物言いをした際に窘めて以降は、もう地獄だった。

 そういった意味では、オルソンを心配する気持ちもないわけではないが、


(これから決闘を行なう相手に対して抱く感情ではないな)


 そうこうしている内に、闘技場客席の最上段に設けられた貴賓席に座していた国王が立ち上がり、ゆっくりと右手を挙げる。

 その様を鐘楼に待機していた兵士が見て取ると、決闘の開始を告げる鐘を力いっぱいに鳴り響かせた。


 リットンもオルソンも、即座に腰に下げていた木剣ぼっけんを抜き、中段に構える。

 決闘であろうが、騎士団の仲間同士で真剣で立ち合うわけがないことはさておき。

 立ち上がりは、熱狂する観客たちとは対照的に静かだった。


 オルソンが摺り足で少しずつ間合いを詰め、リットンがその場を動くことなく迎撃の構えをとる。

 そんな構図だった。


(さすがは次の騎士団長というべきか、凄まじい圧を感じるな)


 木剣を握る掌に汗が滲んでいくのを感じながらも、心の中で独りごちる。


 エリアに言われたとおりにしっかりと休息をとり、なまった体に活を入れるために疲れが残らない程度の鍛錬をこなし、体調を万全に整えた上でこの決闘に臨んだ。

 さらにはエリアが応援についてくれているというのに、実際にこうしてオルソンと相対すると、この数ヶ月間模擬戦で一度も勝てなかったせいか、どうしても弱気が顔を覗かせてしまう。


 そんなリットンに追い打ちをかけるように、


「なにしてるのよ、オルソン! リットンなんて一〇秒もあれば簡単に倒せるでしょ!」


 応援というよりは無茶ぶりに近いカミラの叫びが、リットンの体を竦ませる。

 このままではまずい――そう思った、その時だった。



「貴方が勝つことを信じてますからっ!! リットンっ!!」



 エリアの声援が、リットンの背中を打ったのは。

 それだけで、弱気が、体の竦みが、瞬く間に霧散する。


(……まったく。本当に我ながら情けないな。これでは、エリアがいなければ何もできない男だと言われても仕方ないぞ)


 けれど、不思議と悪い気はしなかった。

 知らず緩んだ頬にも、自嘲の歪みは微塵も混じっていなかった。


 そして、その笑みが契機だった。


 挑発と受け取ったのか隙だと判断したのかは定かではないが、オルソンは唐突に地を蹴り、一足で彼我の距離を潰す。

 間合いと同時に繰り出されるは、木剣をへし折らんばかりに激烈なはすの振り下ろし。


 即応したリットンは、木剣を寝かせて振り下ろしを受け止め……驚愕した。

 オルソンの一撃のあまりの重さに――ではなく。

 想定をはるかに下回る軽さに。


 続けざまにオルソンが放った横薙ぎを、刺突を、斬り上げを、そのことごとくをリットンは木剣で危なげなく捌いていく。


(これはどういうことだ?)


 ここ数ヶ月の間にオルソンと行なった模擬戦では、彼の剣撃の重さに押し込まれたり、連撃の密度にリットンの体がついて行けなかったりと、圧倒されてばかりだった。

 なのに今は、オルソンの全ての攻撃を容易く捌くことができている。


 エリアは言っていた。

 ちゃんと休んで万全の状態で決闘に臨めば、リットンが負けるわけがないと。


 武芸とは縁遠いが彼女がそこまで見抜いていたとは思えないが、本当にそのとおりだったことに、驚きと同時に自分に対しての呆れを覚える。


(まさか、疲労でオルソンの実力を誤認した挙句、圧を感じるほどにまで彼のことを大きく見てしまっていたとはな)


 だからこそ、今なら断言できる。


「オルソン」


 名前を呼びながらも、斬りかかろうとしていたオルソンの木剣を一閃のもとに弾き飛ばし、


「どうやら騎士団長を務めるには、まだ早すぎたようだな」


 木剣の切っ先を、彼の喉元に突きつけた。

 遅れて、弾き飛ばされたオルソンの木剣が地面に落ちる音が虚しく響き渡る。


 勝負あり――誰もがそう確信した瞬間。


 エリアが歓喜の声を上げ、


 カミラの悲鳴じみた叫びが、観客たちの熱狂に呑み込まれた。




 ◇ ◇ ◇




 入場口に設けられた仕切りが取り払われると同時に、エリアはすぐさま駆け出し、リットンの背中に抱きついた。


「おめでとうございます! リットン!」


 感極まって目尻に涙を浮かべるエリアに顔を向けられないまま、リットンは気恥ずかしげに応じる。


「よ、よさないか、エリア。公衆の面前で」

「大丈夫ですよ、これくらい。たぶん、わたくしたちのことを見ている人は少ないでしょうから」


 そう言って前方を見やると、


「な~にが『最近は負けた記憶が全くない』よッ! 全っ然相手になってないじゃないッ! このマヌケッ!」

「ち、違……ッ! 今日はたまたま調子が悪かっただけで……ッ!」


 公爵令嬢とは思えないほどに口汚く罵るカミラと、次期騎士団長とは思えないほどに見苦しく言い訳をするオルソンの姿があった。

 そのあまりの滑稽さが多くの観客の視線を引きつけ、笑いを誘っていた。


「……確かに、私たちのことを見ている者は少なそうだな」


 などと、リットンが微妙に顔を引きつらせていると、



「よくやった。我が息子よ」



 いつの間にやら舞台に上がっていたレイスター伯爵が、義絶したはずのリットンを息子呼ばわりしてくる。

 状況的に誰が騎士団長にふさわしいかなど論ずるまでもないという理由もあるが、潮目が変わったことを瞬時に見抜くしたたかさは、さすがの一語に尽きるものだった。

 もっとも、だからこそエリアからしたら、レイスター伯爵の変わり身の早さは不愉快以外の何ものでもなかった。


 そして、変わり身が早い輩がもう一人。


「そうよ! さすがはわたくしのリットンだわ!」


 カミラが、罵詈雑言を浴びせられて項垂れている婚約者オルソンをほったらしにして、早速リットンに粉をかけてくる。

 さしものエリアも、あまりにも調子が良すぎる二人にプチッときてしまう。



「いい加減にしてくださいッ!!」



 甲高い怒声が耳をつんざき、レイスター伯爵とカミラは揃って口ごもる。


「リットンがつらい時に手を差し伸べずっ!! 見捨てた貴方たちがっ!! 何を今さら調子の良いことを言ってるんですかっ!! リットンのことを何だと思ってるんですかっ!!」


 しばし呆気にとられていた二人だったが、小娘が何をと言わんばかりに怒りで頬を紅潮させながら反論してくる。


「な、何だとも何も、リットンは私の息子だッ!! 息子を褒め称えて何が悪いッ!!」

「わたくしだって頭に〝元〟はつくけどリットンの婚約者よっ!! 婚約すら結んだことがない女が出しゃばってくんじゃないわよっ!!」


 あまりにも醜悪な剣幕に気圧されそうになったその時、エリアを庇うようにしてリットンが二人の前に立ちはだかる。


。それに。彼女の言葉ではないが、いい加減にしてもらえないだろうか?」


 他人行儀な物言いだったせいか、それとも静かな物言いとは裏腹の語気の強さに気圧されたのか、レイスター伯爵とカミラは揃って口を噤んだ。


「レイスター伯爵。貴方は私に、はっきりと縁を切ると仰いました。伯爵家の当主ともあろう御方が、そのような重い言葉を翻すなど、あってはならないことだと思いませんか?」


 ますます押し黙るレイスター伯爵を尻目に、リットンはカミラに視線を向ける。


「貴方もだ、カミラ嬢。貴方自らが婚約を破棄した以上、それを翻すのは貴族の令嬢としてあってはならないこと。さらに言わせてもらうと、婚約は結んではいないが、エリアは私にとってこの世で最も大切な女性ひと。彼女のことを悪く言うのは謹んでもらおうか」


 レイスター伯爵と同様、ますます押し黙るカミラを尻目にエリアは顔を赤くする。

 だって、こんなにも堂々と、リットンに〝大切な女性〟と言われたのだから。


「そもそも、オルソンに勝ったからと言って私が騎士団長に返り咲けるわけではない。二人とも、早とちりが過ぎると――」



「早とちりというわけでもあるまい」



 不思議とよく通る老人の声が、リットンの言葉を遮る。

 途端、エリアとリットンはおろか、レイスター伯爵とカミラも、すぐさま声の主にむかって跪拝きはいした。


「膝を突く必要はない。闘技場ここはそういう場ではないからな」


 そう言って四人を立ち上がらせたのは、この国の王その人。

 国王の御前だから、レイスター伯爵とカミラは借りてきた猫よりも大人しくなっていた。


「リットン」


 国王に名前を呼ばれ、リットンは「はッ」と応じる。


「どうにも、ここ数ヶ月間の其方そなたの失態は、過度の疲労からくるものだったようだな。いったい誰のせいで、こうまで其方が疲弊したのかは後ほどしっかりと調べるとして……」


 言いながら、国王はカミラを見やる。

 さしものカミラも、小動物のように震え上がるばかりだった。


「こんな単純なことも見抜けずに、其方の騎士団長退任に調印してしまった余の不明、どうか許してくれ」

 

 頭を下げる国王。

 これにはリットンも、傍にいたエリアも恐縮するばかりだったが、


「今この場で、再び其方を騎士団長に任命することもやぶさかではないが、物事には手順というものがあるからな。沙汰が下りるまで、しばしの間待っていてくれ」


 これには力強く「はッ」と答えたリットンも、エリアも、喜びを隠すことができなかった。


「して、アルストイ子爵よ」


 言いながら、国王は背後に控えさせていた近衛と大臣たちに視線を向ける。


(どうしてここでお父様が……)


 と思っていたエリアだったが、近衛と大臣たちの中に、しれっと父が混じっていることに気づき、苦笑する。

 そんなエリアをよそに、国王はアルストイ子爵に向かって話を続けた。


「リットンのことを婿養子に迎えるという話は、まことか」


 その言葉に、レイスター伯爵とカミラは揃って瞠目する。

 エリアはエリアで、二人とは別の意味で瞠目していた。


「はい。決闘が始まる前、その話をレイスター伯爵にした際に『今の言葉、言質をとったと解釈してよろしいかな?』と、リットンくんの婿入りを喜ぶような言葉を口にしていました。ですので、頭に〝元〟が付きますが、彼の父親の許しも得た形にはなっております」

「そ、それは……!」


 レイスター伯爵は、思わずといった風情で口を挟もうとするも、


「ちなみに、私とレイスター伯爵の会話を近くの席で聞いていた貴族が何人かおりますので、彼らに話を聞けば、私の記憶違いでも解釈違いでもないことを確認することができるでしょう」


 アルストイ子爵に抜け目なく反論の余地を潰され、塞がらなくなった口から「あがが……」とよくわからない呻き声を漏らしていた。


「となれば、やはりリットン・には、今この時をもって騎士団長を退任してもらうしかなさそうだな」



 そして――



 リットンは騎士団長を退任することとなり。


 後日、リットン・として再び騎士団長に就任することとなった。


 そのさらに後日、リットンとエリアは結婚式を挙げ、多くの人間に祝福された。


 こうして捨てられた騎士団長の話は落着したわけだが。


 その陰で、某伯爵と某公爵令嬢が決闘騒動で負った心の傷を舐め合ったことを機に不倫関係となり、それが原因で二人揃ってさらに評判を落としたが、それはまた別の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

捨て騎士団長を拾いました 亜逸 @assyukushoot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ