第48話 告白ー2

 次の日の放課後、薫さんに会いに行った。


 薫さんの家は東急大井町線の尾山台という駅にあった。

あまり遅い時間だと失礼だと思い、学校が終わって、そのまま向かった。

薫さんにはお昼休みに電話しておいた。

 

 西馬込から中延で大井町線に乗り換えて、尾山台に着いた。思ったより近くて四十分かからなかった。


 駅からハッピーロードという石畳の商店街を抜けて、五分くらいの場所に、薫さんが住んでいる実家があった。


 商店街を抜けて広い道路を渡ると、そこは立派な家ばかりが立ち並ぶ高級住宅街だった。一つ一つの家がみんな大きい。つい、いくらくらいするんだろうと考えてしまう。

(すごいところ)


 その家、〝お屋敷〟と言ってもいい。大きな門は玄関ではなく、玄関につながる階段に上がるための門だった。

表札に〝吉永〟と書いてある。表札自体も自然の木材を利用して作られた立派なものだった。


 インターフォンのボタンを押した。

「はい」と女の人の声がした。

「竹本です」

「いらっしゃい、お待ちしてました。門を開けるので階段を上がってきてね」

薫さんだった。


 門が自動でガタンと開いた。

階段を上がると、うちの倍は大きい玄関の扉が開き、薫さんが顔を出した。


「電車よね。駅からちょっと歩いたでしょ。ごめんなさい」

「いえ、全然大丈夫です」

「そうよね。若いものね」

薫さんは優しく微笑んだ。

「さあ、靴を脱いで上がって」

「はい、お邪魔します」

玄関内の靴を脱ぐスペース自体が広い。左には、石膏だろうか、ペガサスのような馬が置いてある。

(なんだか凄い)


「どうしたの?こっちへいらっしゃい」

薫さんに手招きされ、おそらく応接室だろう、大きな立派なソファとテーブルがあり、太陽光が大きな窓からユラユラと射している部屋に入った。


「そこのソファに座って。今、何か飲み物を持ってくるわね。何がいいかしら」

「じゃ、ミルクティーでお願いします」

「はい、ミルクティーね」

薫さんが出ていき、一人、広い部屋の立派なソファに座っていると、どこか違う国に来たような気がしていた。


 少しして薫さんが戻ってきた。

「はい、どうぞ」

薫さんは、私が座っているソファの横に膝をついて、カップと紅茶が入っているポットとお砂糖、ミルクが入っている容器を、しなやかな手つきで置いた。

「ありがとうございます」


 カップに普通に紅茶が入って出てくると思っていたら、あまりにも本格的で、恐縮と言うより、あっけにとられていた。

ポットから紅茶をそそぎ、ミルクと砂糖を入れて、少し口に入れた。

美味しさに驚いた。

「美味しいです!」

「あら、良かった」

薫さんが屈託のない笑顔で答えた。

薫さんも自分用の紅茶にレモンを添えて、一口飲んだ。


「アンさん、浩二さんは本当に残念だったわ」と悲しそうに言った。

「はい、おじいさんは私の一番の理解者でした」と答えた。

「そうね、アンさんのことは色々話してくれたわ」

「そうなんですか?」

「いろいろと言っても、楽しい話ばかり」


 少し間を置いて、話を切り出した。

「薫さん、お母さんから聞きました」

「そうね、お母さんから連絡があったわ」

「あ、そうですか……」

しばらく、二人とも何も話さなかった。


「薫さん、おじいさんと結婚せず、自分の子供であるお母さんに本当のことを言わずに、傍にいたんですよね」「平気だったんですか?」

「うーん、平気かと聞かれれば〝違う〟かも知れないわね」「でも、あなたのお母さんが大きくなっていくのをずっと見ていることが出来て幸せだった」

薫さんは今までのことを思い出しているかのように、遠くを見てそう言った。


「アンさん、今日いらしたのは、そのことだけ?」

「いえ……」「薫さんに聞いてみたいんです。なぜ聞いてみたいと思ったかはよく分かりません」

「あら、でもうれしいわ」


「私、学校に好きな男の子がいるんです。ずいぶん前からです。でも打ち明けられなくて……今高校三年で、その男の子とも高校が終われば離れ離れになります。それで、打ち明けようと思いました」「お母さんに、おじいさんだったら何て言うかなと聞いたら、絶対に『打ち明けろ』って言うでしょうって」

「私もそう思うわよ。浩二さんだったらきっとそう言うわ。あの人は一本気な人だったから」


 薫さんはじいちゃんの話をするのが楽しいようだった。

(じいちゃんに会いたい、じいちゃんに会って直接聞きたい)

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