第45話 陽菜の死ー5

 その日は、近くの公園で夜を明かした。


 夜遅く、近所の人だろうか、二人の女性が私たちを見て、ひそひそと話していたが、少しして通り過ぎた。


 公園の固いベンチに座り、眠れないかと思ったが、不思議とぐっすり寝てしまった。雨が降らなくて良かった。


 鳥の大きな鳴き声で目が覚めた。良い天気だ。あの日も天気だったことを思い出した。

「拓海くん、さくら、起きて」

「うん、おはよう」拓海が言った。

「うーん、眠い」さくらはまだ寝ぼけていた。


 公園の中央に時計があった。時間は六時三十分。

「七時になったら、コンビニの向かいで待とう」

「男の子とあのお母さんの顔は覚えてる。アンも覚えてるでしょ」

「うん」


 七時になった。陽菜の事故現場に向かった。

まだ七時なのに、人通りは多い。みんな足早に地下鉄の駅や、JR田町駅方面に向かって歩いていた。


七時二十分、高くそびえ立つNECの本社前をあの親子が歩いてきた。


「アン!」

「うん、あの親子だ」


 私は親子に近づいて、お母さんに道を聞いた。

「すみません、三田図書館へはどう行ったらいいんでしょうか?」

「三田図書館? 前は三田側の裏通りにあったんだけど、確か移転したはずです」と、お母さんは思い出そうとしていた。


 よし、時間が稼げる。

「あ、そうよ。新しく出来た札ノ辻スクエアに移転したんだわ」

「札ノ辻スクエアですか?」

「そう、国道を渡って田町駅を過ぎて、ずっと行ったところよ」

「ありがとうございます」「あ、今何時ですか?」

「今? 七時二十三分」


 陽菜が横断歩道を渡ってくるはずだ。


「朝の忙しい時間にすみませんでした」

「いえいえ、でも図書館はまだ開いていないわよ」

「そうですね、ありがとうございます」


 横断歩道を見た。

陽菜が見えた。すでに歩道を渡り切っていた。

拓海とさくらの姿はない。会ってはまずいと思って、隠れたんだろう。


 その時、大きなダンプが横を通り過ぎた。

それを確認して陽菜の方を見ると、陽菜の姿が地下鉄の入り口に消えていった。


 事故現場のところに戻ると、拓海とさくらがどこからか現れた。


「やったね!!」

拓海がハイタッチを求めてきた。

私とさくらが拓海とハイタッチし、さくらと私もハイタッチした。

三人で肩を組んで

「やったー!」と大きな声を出した。

近くを通る通勤、通学の人たちが驚いていた。


「エンゼルはモーニングを提供していて、八時から営業しているはず、行こう」私が二人に言った。

「うん、行こう」拓海とさくらが答えた。


 不思議だが、もう一人の私たちがいるはず、今、学校に向かっているはず。

別の私たちと会わないように、てくてくと歩いてエンゼルに行った。


 着いたのは八時半だった。

学校はすでに始まっていて歩いている生徒はいない。

過去の私たちも授業を受けているはずだ。(私が私と会ったらどうなるんだろう?)

ふと、そんな疑問が頭をよぎった。


 エンゼルの前で、

「拓海くん、さくら、開けるよ。手を繋いで」

重い扉を押した。


 目の前が真っ白になった。


 何も見えない。


 体が飛んでいく。どこまでも飛んでいく。


 マスターの声がした。

「今日は遅いね。三人でどうしたんだい?」

現代に戻れた。

「マスター、今何時ですか?」

「えっ、ちょうど五時十五分」


 現代は夕方だった。やっぱり、時間の経過は違う。過去にいたのは十五時間くらいだったはず。

「マスター、すみません。このまま帰ります」

「ああ、はい。じゃ、気を付けて帰ってね」


 エンゼルの外で

「拓海くん、ありがとう」と言った。


 さくらがスマフォをいじっていた。

大粒の涙をこぼしながら

「『どうしたの? 私だけ仲間はずれ?』って陽菜が返してきた」と言った。

私も涙が溢れた。

拓海も涙をこらえていた。


 充実感とともに、陽菜の顔が頭に浮かんで胸が熱くなった。


 エンゼルの前から、西馬込駅に三人で歩いた。

地下鉄の席に座って、みんな何も話さなかったが、達成感のような熱いものをそれぞれ感じていた。


 浩ちゃんから、「未来を変えるようなことをしてはだめだ」と言われた。

でも、変えた。


(許してくれるよね、じいちゃん、浩ちゃん)


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