第39話 薫さんの秘密ー2

 我慢出来なかった。


 アルバムを持ってお母さんのところに行き、聞いた。

「薫さんの写真を見つけた。この写真、どう見ても〝お母さん〟だよね」


 お母さんは、アルバムと私を交互に見て、しばらく黙っていたが、悲しそうな顔になって、言った。


「アン、そこに座って」

「うん」

「アンがお父さんの葬儀以来、ずっと薫さんの話を持ち出していたので、いつか話さなきゃいけない時が来ると思ってた」「その写真、私もそっくりだと思う」



 モヤモヤしていた答えがお母さんの口から語られた。


 でも、過去に行ったとき、ばあちゃんもいたし、薫さんもいた。

小さなお母さんはまだ一歳だった。

薫さんが実の母親ならばあちゃんは育ての親、その二人が同じ時期にいた。


「じゃ、ばあちゃんは育ての親なの?」

「そうよ」

「薫さんの実家はお医者さんで、どうしてもお父さんを認めなかった。何度も何度もお父さんは許してもらおうと足を運んだの。それでもだめだった。そのとき、私はお腹の中にいたの」

「薫さんは実家のお父さんを大切に思っていたので、うちのお父さんと別れる決意を最後にはしたの、お父さんもそれを承知した」

「二人で話し合って、私はお父さんが引き取って育てることになったの」


「お母さんはお父さんの会社の同僚で、お父さんからずっと薫さんのことを聞いていた友達だった」

「お父さんのことがずっと好きだったみたい。私をお父さんが育てる話を聞いて『私に育てさせて』って」

「薫さんと別れてすぐだったけれど、お父さんはお母さんと結婚することにしたの」

「亮子はお母さんの子供。私と亮子は異母姉妹よ」


 ばあちゃんがお母さんの実の母親でないことはショックだったが、薫さんという存在は、何か心を温かくしてくれる存在として、私の心に居続けていたので、悲しさは沸いてこなかった。


「実の母親は、ときどき子供に会うとか、普通は距離を置くんだよね」

「うん。でも、お父さん、お母さん、薫さんは、そうした関係じゃなかった。〝実の母親〟と名乗りはしないけど、小さい頃から、私の近くにいたわ」


「いつ、分かったの?」

「それを告げられたのはお母さんが亡くなるとき」「お母さんが『話すべき』って、お父さんに言って、お父さん、私、忠利さん、亮子、勝也さんが、お母さんのベッドのそばに集まって、お父さんから話を聞いたの」


「お母さんはどんな気持ちだったの?」私が聞いた。

「アンがさっき見た写真あるでしょ。実は、私も亮子も昔の薫さんの写真を見て、不思議に思っていたのよ」

「なので、高校生のときに亮子と二人で区役所に行って戸籍を見たの。私が養子なのはそのときに分かった。ショックだったわ」

「でも、お父さんもお母さんも私は大好きだったから、二人がいつか話してくれるまで、黙っていようと決心したの」


 お母さんの目から涙がこぼれ落ちた。

「ベッドのお母さんは、背中を起こして『今まで話さなくてごめんなさい』って、泣いてた」

「私と亮子でお母さんを抱きしめたわ」

「私はお母さんに感謝してる」


 両頬にえくぼが出るばあちゃんの顔を思い浮かべた。


 人の子供を育てる気持ちって、どんな感じなんだろう。

また、自分の子供に名乗れない薫さんの気持ちはどうなんだろう。


 薫さん、ばあちゃん、じいちゃん、お母さん、おばさん、みんなの気持ちを考えて、自然に涙が溢れてきた。


「あら、なんでアンが泣いてるの?」

お母さんは涙を拭きながら笑った。


「お父さんから話を聞いて、一週間くらいしたあと、薫さんに一人で会いに行ったの」

「そうなんだ」

「薫さんに、お父さんから話を聞いたと言ったら、すでにお父さんから連絡があったみたいだった」

「薫さんは『ごめんなさい、ごめんなさい』って私の手を握って、ずっと泣いてた」

手を握りしめられながら薫さんに言ったの。

「薫さんは、私が小さい頃からそばにいて、私を見守ってくれてました。私にとって、とても大切な人です。『ごめんなさい』なんて、言わないで」って。


 お母さんと薫さんの、そのときの光景を思い浮かべて、また涙が出てきた。

この家に生まれて良かった。みんな素敵だ。ほんとに素敵だ。


 その日の夜、じいちゃんの和室にお父さんを引っ張り、お父さんにも薫さんのことを聞いた。


「お父さん、お母さんから薫さんのこと、聞いたよ」

「そうか」、少し驚いたようだった。

そして、お父さんは、一つ一つの言葉を噛みしめるように話してくれた。


「最近のアンを見ていて、誰かが話さないといけないだろうと思っていたよ」

「結婚する前から、薫さんのことは分かっていた。でも、お母さんは両親がいつか話してくれるまで、黙ってた」「両親を大切に思ってたからね」

「お母さんは凄いよ」


「ほんと、凄いね」と私は答えた。


 お父さんも私もお母さんの笑顔を思い浮かべた。

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