第37話 三人で過去へー9
照明が明るくなり、踊る曲が始まった。
♪Hello, hello Mister Monkey You`re still so fast and funky
前と同じ。待ちかねた人たちが飛び出してきて踊り始めた。
「〝ミスターモンキー〟ってなに?」、さくらが聞いてきたけど、私も分からない。
「ピエロのことみたいね」陽菜は英語が得意。歌詞が分かったみたいで、そう答えた。
「じゃ、もう少し踊ろうか」、浩ちゃんが言って、また四人で踊り始めた。
DISCOに来て踊っている人たちは、どんな生活をしているのか、どんな仕事をしているのか、分からないけど、きらめく照明の中で大音量のノリの良い曲に身を任せて踊る。それぞれの背景はどうでもいい。
とにかくみんな楽しそうだ。この世界は経験しないと分からない。
二曲、四人で踊って、次の曲が流れ始めたとき、浩ちゃんが言った。
「そろそろかな?」
三人とも踊りに夢中で、大音量なので、浩ちゃんの声が良く聞こえなかった。
何かしゃべったのは分かったので、私が耳のそばに口を近づけて聞いた。
「なあに?」
「そろそろだねって言ったんだよ」
その言葉は、この幻想的な世界から引き上げて、日常に戻るということだ。
陽菜もさくらも分かったらしく、沈んだ表情になった。
「あまり長くなるとまずいから、仕方ないね」
私の言葉に陽菜が頷いた。
さくらは、まだいたい、という感情が体から溢れていた。
浩ちゃんの後について四人で店をあとにして、透明のエレベーターに乗った。
エレベーターから外を眺めながら、もうここには来れないかも知れない。哀愁のような悲しい気持ちになった。
陽菜もさくらも言葉を発しない。二人ともDISCOの世界に魅了されていた。
スクエアビルの外に出た。
人は私たちが来た時よりもさらに増えて、路地は様々な人でごった返していた。
「まだ少し時間があるから、お茶でも飲んでから帰ろうか」、浩ちゃんの言葉に
「うん」と私が答えた。
近くの喫茶店に入った。ここにもゲーム機はあったけど、普通の席に座った。
浩ちゃんはコーヒー、私たち三人はミルクティーを頼んだ。
私が飲んでいたら、陽菜が浩ちゃんの方にあごを向けて何か目くばせをした。
意味がすぐ分かった。
薫さんのことを聞けと言ってる。
「浩ちゃん、さっき家にいた薫さんって、古いお友達?」私が聞くと、浩ちゃんは少し考えてコーヒーを一口飲んでから答えた。
「うん、大学のころからの知り合いだよ」
「どんな知り合い?」
「うん? どういう意味かな」
「こんなこと聞きたくないと思うけど、2020年に未来の浩ちゃんが亡くなって、葬儀に薫さんも参列したの。お母さんは〝おじいちゃんのお友達〟だって言ったけど、私は何だかしっくりしていないの」
「そうか、でもお母さんの言う通り、〝友達〟だよ」
陽菜と目があった。そうって言うしかなかった。
「そう。うん、分かった」
浩ちゃんがタクシーを捕まえて、四人で乗った。
前に来た時と同じ、エンゼルの前でタクシーは止まって、四人とも降りた。
エンゼルのドアを目の前に、私も陽菜もさくらも黙って立っていた。
陽菜もさくらもエンゼルのドアが未来への扉だと知っている。
「来た時と同じように、四人は手を繋いでいた方がいい」浩ちゃんが言った。
「うん」
私が答えて、私が陽菜の左手を、陽菜がさくらの左手を掴んだ。
「浩ちゃん、またね」
エンゼルの扉を陽菜の手を掴んでいない左手で押した。
目の前が真っ白になった。
何も見えない。
体が飛んでいく。
マスターの声がした。
「今日は三人?でも学校は休みでしょ。何かあったの?」
私は陽菜とさくらを見て、陽菜も私とさくらを見て、さくらも私と陽菜を見て、三人で何も言わず抱き合った。
マスターが驚いて、
「なに? なに?」と言った。
「マスター、ありがとう!」、陽菜とさくらも
「ありがとうございます」と言った。
マスターはきょとんとしていた。
「お礼を言われるようなことしたかな?」
「マスターはマスターっていうだけで、最高です」と私が言って、陽菜とさくらは大きく頷いた。
「今日は、このまま帰ります」、私の言葉に
「うん、分かった。またいらっしゃい」マスターはいつもの笑顔で答えた。
エンゼルを出て、例のサビれた公園に行き、三人で塗装の剥げたベンチに座った。
「すごい経験だったね、なんだか今もドキドキしてる」さくらが言った。
「誰も信じないわね」陽菜が言った。
「写真の裏書にある西暦は、おそらく写真が撮られた年よね。ならば、別の写真でも行けるのかも」陽菜の言葉に私とさくらは驚いた。
やはり陽菜は冷静だ。
「陽菜もさくらも、時間があれば自分たちの過去が分かる場所に行きたかったんじゃないの? 私に突き合わせてごめんね」二人に謝った。
「なに言ってんの? 最高の経験だったよ」陽菜が言った。さくらも
「DISCO、ほんとに楽しかった。アンのおかげ。また行ってみたい!」
もう二度と過去には行けないかも知れない。
そんな疑いは声に出さず、三人とも、まだDISCOの余韻が消えないまま、いや、消したくないまま、その日は別れた。
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