第34話 三人で過去へー6

 三人で六本木の交差点まで歩き、アマンドの前を通り過ぎて駅に着いた。

窓口の中にあのときの駅員さんがいた。

「あの駅員さんが私にお金を貸してくれた人」「陽菜、お金を出して」

「うん」


 陽菜はポシェットに古いお札を何枚か入れていた。ポシェットごと受け取り、その中から、五百円札を一枚出した。肖像を覚えているので間違いない。


「こんにちは」、中の駅員さんに声をかけた。

「覚えていらっしゃいますか、以前、切符を買うのにお金を借りました」

「あー、覚えてますよ。ちょっと待って」


 事務室らしい奥の部屋に入り、戻ってきた。

その手にはメモ用紙があった。

「竹本杏樹さんですね」

「はい、あのときはありがとうございました。お金をお返しします」と言って、紙幣を手渡した。

「はい、確かに受け取りました。わざわざご苦労様です」と笑顔で言ってくれた。

やり取りを聞いていた陽菜とさくらも自然と笑みがこぼれた。


 陽菜が、窓口から見える位置に置いてあったブロックで表示する日付を指さした。

日付は十月十五日、日曜日。元の世界では十月十五日、土曜日だった。

過去へのタイムスリップは同じ月日になるようだ。


 三人で駅員さんに挨拶をし、別の窓口で切符を買って、ホームへ降りた。


「同じ月日にタイムスリップするんだね。でも、経過時間は違うのにね」と陽菜が言った。確かに、それは謎だ。


 日比谷線で恵比寿に行き、国鉄に乗り換えて五反田に来た。


「全てが古いんだね。でも何か新しいものを見ているような気がする」とさくらが言った。

私も、おそらく陽菜も同じように感じていただろう。


 五反田で都営浅草線に乗り、戸越に着いて家に向かった。

「アンが言っていた通り、ほんとにマンションなんかないね」

「うん」

私はすでに、浩ちゃんにまた会えると思って、胸がどきどきしていた。


 家が見えた。


「アンの家だね。でも平屋だったんだね」さくらが言った。


「戸を叩くね」

と私が言って、トントンと戸を叩いた。日曜日ならみんなきっといるだろう。


「はーい」、女性の声が聞こえて、中から〝若きおばあさん〟が顔を出した。

「あら、この前いらした娘さんね、今日は三人? 夫が喜ぶわね」

はじけるような笑顔で言った。えくぼは両頬にくっきりと。

「ちょっと待ってね」と奥に行き、入れ替わりに浩ちゃんが来た。


「アン、また来たね。お二人はお友達?」、二人を見て言った。

「うん、そう」と私が二人を紹介した。

「こんにちは」と、陽菜とさくらが同時に挨拶をした。


「まあ、まずは上がりなさい」

「はい」

三人で玄関から上がり、浩ちゃんの後について、あの和室に入った。


 すると、一人の若い女性がソファに座っていた。

「紹介するよ。薫さん」と浩ちゃんが言った。


 そのときの驚きをどう表現したらいいのか分からない。

陽菜もさくらも〝薫さん〟のことは話していたので、二人とも驚いていたというより、固まっていた。


「こんにちは。どうしたのかしら、なんだか娘さん三人とも固まっているわ」

薫さんはくったくのない笑顔で言った。


 薫さんは、やはり美人だった。

でも、驚いたのは、私の若い頃のお母さんにそっくりだったからだ。

一瞬、お母さんがいると思ったほど似ていた。


「こんにちは」と三人で挨拶した。


「じゃ、浩二さん、今日は失礼するわ」

「あっ、あの……」

何か話したい、と思うのに、言葉が出てこない。

「うん? なあに」

「いえ……」言葉が出なかった。


「じゃ、また会えるといいわね」。

薫さんはそう言って、廊下で浩ちゃんと軽く立ち話をしたあと、浩ちゃんに見送られて玄関を後にした。

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