第33話 三人で過去へー5
軽やかなイントロからブラスが入り、歌になった。
♪Do you remember The 21st night of September?
Love was changing the minds of Pretenders
While chasing the clouds away
(君は覚えてるかい 九月二十一日のあの夜を
よそよそしかった僕らのこころを愛が変えていったよね
雲を追い払うように)
あのときと同じ。最初のフレーズが繰り返して聴こえた。
目の前が真っ白になり、目がぐるぐると回る。
陽菜とさくらの手を放すまいとしっかり握りなおした。
体が飛んでいく。どこまでも飛んでいく。
どのくらいの時間が経ったのか。
「アン、さくら、大丈夫?」陽菜の声で我に返った。
あのときと同じ、スクエアビルの前だった。
「陽菜は大丈夫?」
「うん、大丈夫」
さくらはまだ横たわっていた。さくらに最悪のことが起きたんじゃないか、胸が締め付けられるようで痛い。
「さくら、さくら」
懸命に声をかけた。
陽菜もさくらの名を呼び、体をゆすっていた。
「うーーん」、ようやくさくらが声を出した。
「さくら、大丈夫?」私が聞くと
「体が飛んだ」と、さくらが答えた。
「うん、過去に来たよ。ほら、あのビル」私がビルを指さした。
陽菜もさくらも、写真でしか見たことのないスクエアビルを眺めていた。
近くの飲食店の人だろうか、エプロンを着たおじさんが、重たそうな台車を引いて、胡散臭そうに私たちを見ながら通り過ぎた。
スクエアビルと〝瀬里奈〟の間はそれほど広い路地ではない。そこに一台の車が入ってきて、私たちの前を通り過ぎていった。車が古いタイプだと分かって、陽菜が言った。
「ほんとに来たんだね。現実とは思えない」続けて、
「アンが前に来た時、こっちでは六時間くらい経過したけど、戻ったら三十分しか経っていなかったって言ったね」
「うん、そう」
「未来で何時間もいなくなったら、しかも三人していなくなったら、大騒ぎになるかもね。過去で過ごす時間はやっぱり長くて六時間だね」
さくらは、陽菜が理路整然と話すことに感心している感じだ。
「私の家に戻って、じゃなくて、行って、浩ちゃんと会おうよ」
「〝浩ちゃん〟て、アンの過去のおじいさんね」
「そう」
「私は二人に付いていく」、さくらがなさけなさそうに言った。
「ちょっと待ってね」と言って、陽菜が通りがかりの人に
「すみません、今年は西暦何年ですか?」と聞いた。その人は
「えっ?」と驚いた顔をして
「1978年だよ」と言った。
陽菜が私とさくらを見て、笑って頷いた。
この子たちはなんなんだと思ったのだろう。首をかしげてからその人は去っていった。
「やっぱり……写真の裏に書いてある年にタイムスリップするんだね」と陽菜が言った。
西暦は前と同じ、では月日は? 前は考えていなかった。
「私、前に来た時、西暦は分かったけど日付は気にしなかったので、分かってない」
「聞いてみようか。また変な顔されるね」「アンの家に行くんだから、駅できっと日付が分かるよ」陽菜が明るく言った。
「そうだね」「あのときの駅員さんいるかな? もしいたらお金を返さなきゃ」私の話に二人が頷いた。
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