第31話 三人で過去へー3

 さくらも陽菜も何もしゃべらず私をじっと見ていた。


「そのあと、タクシーでエンゼルに行った」


 陽菜とさくらが同時に

「エンゼル?」と声をあげた。

「そう、エンゼル」

「なぜか分からないけど、エンゼルの扉が未来への入り口だった」


 二人はカッと開けられるだけ目を開けていた。


「エンゼルの扉を開いたら、マスターが『いらっしゃい』って。現代のマスターだった」

「私は現代に戻った」


 話を聞いていた陽菜が

「とても信じられない。でも、本当のことなんだね」

「うん」

「すごく興味がある」


 陽菜の目の輝きが増していた。さくらは

「もし戻れなかったらって心配じゃなかったの?」と聞いた。私は

「その心配はしていたけど、会ってすぐ浩ちゃんが『戻れる方法は分かってる』って、安心させてくれた」

「それがエンゼルね」と陽菜が言った。

「そうなの。あと不思議だけど、過去で過ごした時間は六時間くらいだった。でも、現代に戻ったら三十分しか経っていなかった。なぜかは分からない」


 陽菜はしばらく話さなかったが、顔をあげて言った。

「ねえ、三人で過去に行ってみようよ」

先ほど以上に目は輝いていた。

さくらは

「私は怖い」って、いかにもさくららしく答えた。


「実は、〝えんたく〟の報告を聞く前の日、過去にもう一度行ってみようと思って、やってみたの。でも、行けなかった」

「ふーん、行けたときと何か違ったの?」陽菜が聞いた。

「分からない、同じことをやったはず」

「曲を聴いていた場所は同じ? 聴いたときの時間は同じ?」陽菜が矢継ぎ早に聞いてきた。


 そうやって聞かれると違いがあるかも知れない。

行けたときの場所はじいちゃんのソファ、行けなかったときはカーペットに座っていた。

時間も、行けた時は夕方の四時、行けなかったときは三時前だったと思う。

陽菜にそう言った。


「行けたときと同じ環境でやってみようよ」陽菜は過去に行く気満々だ。

「さくらは怖いからイヤなんでしょ」、陽菜がさくらに聞いた。

「だって……怖い」


 陽菜とさくらを、あのときのDISCOに連れて行ってあげたい。


 私の脳裏にあのときの幻想的な世界が広がっていた。

「怖いのは分かる。さくらの気持ちが落ち着くまで、過去への挑戦は待とうよ」陽菜が言った。私は

「うん、そうだね」と答えた。

さくらは黙っていた。


 タイムスリップのことは誰にもしゃべらないと固く誓って、その日は解散した。


 それからしばらく、私たち三人はタイムスリップの話をしなかった。

さくらに心境の変化があるかどうか、私も陽菜も見守っていた。


 金曜日の昼休み、さくらが言った。

「〝DISCO〟と〝スクエアビル〟について、ネットで調べてみた。スクエアビルが出来たころはDISCOの全盛期だったみたい」


 過去に行くのが怖いと言ったさくらがネットを調べていたことに、陽菜も私も驚いた。

「へー、どうしたの? さくら。過去は怖いんじゃないの?」陽菜が茶化した。

「アンが経験したことがどんなことだったのか、少しは分かるのかと思って」と、さくらは真面目に答えた。


 私は陽菜と目を合わせて、さくらの変化を喜んだ。


「明日の土曜日、私の家で集まらない?」私は二人に言った。

さくらはどう答えるかと思ったが、陽菜の返事と同時に

「うん」と笑顔で答えた。


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