第26話 今の六本木へ

 次の日、学校から帰りじいちゃんの和室にいた。

お父さんもお母さんも出かけている。


 じいちゃんが過去に行ったのは二回。

じいちゃんが最初に行ったのはいつだったのか?

二回しか行けないんだろうか?


 もう一度、過去に行って浩ちゃんと色々話してみたい。もう一度でいい。

若い時の薫さんにも会ってみたい。

DISCOにもまた行きたい。


 でも、じいちゃんと違ってもう二度と行けないのかも知れない。

〝あの写真〟、六本木のスクエアビルの写真を眺めながら考えていた。


(今の六本木に行ってみよう!)


 昔、スクエアビルだった場所は今どうなっているんだろう。突然そう思った。

気づいて男性に声をかけられた〝あの場所〟に行ってみよう、そして電車に乗って家に戻る。そのルートを辿ってみよう。

過去の家までの風景はまだ覚えている。

その〝今〟を改めて見てみたい、感じてみたい。


 都営浅草線の戸越から地下鉄に乗り、大門へ。

泉岳寺止まりだったので、泉岳寺で降りて、ホームの反対側で京浜急行からの電車を待って乗った。

二駅先の大門で降りて、過去にはなかった大江戸線へ。


 いつも思うけれど、大江戸線は車内が狭い、そしてゴーという走行音がうるさい。


 六本木で降りた。

大門よりもホームの位置が深い。地下何階だろう。交差点に近い出口に出るまで、エスカレーターを五回ほど乗ったと思う。最後は階段も上った。


 外に出ると、すぐ右にあのアマンドがあった。

昔のアマンドと違い、ピンクと白が印象的な〝カサ〟は無いけれど〝ALMOND〟のロゴが目立つ。


 アマンドを通り過ぎ横断歩道を渡った。

ここを右だ。

少し行き左にまがると前の方の右側に〝瀬里奈〟の文字が見えた。

スクエアビルは〝瀬里奈〟の前だったはずだ。


 でも、スクエアビルはなかった。

今は、下の階層の外側に草が茂ったホテルになっているようだ。

〝FRESAINN〟という文字が入り口の上に書いてある。


 ビルもこの辺りも、浩ちゃんとDISCOに来たときの華やかなイメージはなく、寂しい感じだ。

昼だからかも知れないが、人通りはほとんどない。

あのときは、道も人で溢れていて、車もこのせまい路地に入って来ていた。


 私は四十四年前のここにいた。

今、一緒だった浩ちゃんもいない、じいちゃんもいない。

楽しそうなたくさんの人もいない。

何だか、別の世界に一人取り残されてしまったような、寂しさを感じる。


 やっぱり、もう一度過去のここに来てみたい。

あの時のあの〝躍動〟をもう一度味わいたい。


 ホテルの前で、あの日の光景を思い出して、しばらく立ち尽くしていた。

帰りは、あの時のルートで帰ってみよう。

大江戸線でなく日比谷線で。


 恵比寿に出て〝国鉄〟ではなくJR山手線に乗り換え五反田で降りて、都営浅草線に乗った。

過去と違って、それぞれの電車の車内には液晶ディスプレイがあり、ほんとに便利だ。改めて今の時代の便利さが分かる。


 戸越に着いた。

家まで、あの時の光景とずいぶん違うなと思いながら歩いた。


 玄関だ。

浩ちゃんが「アン、よく来たね」って顔を出しそうだ。


 和室に戻り、しばらくボーっとしていた。


 この体験を誰かに聞いてもらいたい。


 じいちゃんは、未来が変わる可能性より、もしかすると戻れない可能性から、私のことを心配して何も話さなかったのかも知れない。

ただ、じいちゃんもそうだったかも知れないけれど、一人でこの体験を抱えているのは辛い。


 過去での行動で未来を変えてしまうような行動をしてはいけない。

でも、未来で何をしようが問題ないんじゃないか。


 誰かに話したい……話したい。

お母さん?拓海?いや、陽菜なら大丈夫な気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る