第24話 過去へー7
立ってジュースを飲みながら、踊る人たちを眺めていたら、突然音が止み、照明が暗くなった。
「チークタイムだ」
浩ちゃんが言った。
日本語の歌が流れ始めた。
♪Mary Jane on my mind
(日本の歌もかかるんだ)
何組かのカップルが体を寄せ合って踊り始めた。
次々と他のカップルも踊り始めた。
〝チークタイム〟、初めて聞いた。変なの。
浩ちゃんが踊ろうと言ってきたらどうしようと思いながら、踊っている人たちを見ていた。
幸いにも、踊りには誘われなかった。
ほっとしたけれど、少し残念な気もした。
若いじいちゃんと踊るのもいいなと思った。
拓海と踊ったら私はどうなるんだろう、そんな想像もしてしまった。
チークタイムが終わり、曲はまた〝DISCOの曲〟に変わった。
待ってました、という感じでチークタイムを外から見ていた人が飛び出してきた。
♪Ma Ma Ma Ma-Ma Baker She taught her four sons
この曲もじいちゃんの和室で聴いたことがある。
「浩ちゃん、この曲は?」
「ボニーMの〝マ・ベイカー〟、ノリがいいね。最初にヒットした〝サニー〟もいい曲だよ」
「こういった〝DISCOサウンド〟が音楽を変えたかもね」
自然に口ずさんでしまう
「マ・マ・マ・マー」
時間を忘れて、音楽と照明と踊りの世界に浸っていた。
今はいったい何時なんだろうと思ったら、浩ちゃんが言った。
「アン、そろそろ引き上げようか」
「うん」
店の中は入ってきたときの倍、人がいるかも知れない。熱気が凄かった。
人をよけながら店の外に出て、各階停車になるため時間がかかるエレベーターに乗った。
ビルの外、空は真っ暗だけど、街はネオンの灯りで昼のように明るかった。
街全体が遊んでいる雰囲気だ。
「タクシー捕まえるからね」
浩ちゃんがそう言ってから二十分くらいは待った。
路上には車が二重に止まっていた。路上駐車はいいんだろうか。
タクシーはたくさん走っているけど、なかなか止まってくれなかった。
やっと捕まえたタクシーに乗った。
タクシーの中、初めてのDISCOの余韻にまだ浸っていた。
じいちゃんが楽しそうな顔をして話していたのがよく分かった。
大音量のノリの良い音楽と、音楽に合わせて動くきらびやかな照明、そして、音楽と照明に身をゆだね、何も考えずに踊る。
幻想的な世界。
また、行ってみたい。
家に着く前に浩ちゃんがタクシーを止めた。
降りたら、そこに〝エンゼル〟があった。
塗装は剥げていない、まだ出来たばかりのようなきれいな店だ。
店の前にはあの〝エンゼル〟、天使の像があった。白さが目立つ。
浩ちゃんが私を見て言った。
「アン、なぜかは分からないが、〝エンゼルの扉〟が未来の世界との繋がりのようなんだ」
「〝未来の俺〟が和室で色々な音楽を聴いたけど、未来へは戻れなかった。二人でエンゼルに来て、〝彼〟が扉を開けたとき、姿が消えた」
「アン、まだ一緒にいたいけど、未来では大騒ぎになっているかも知れないから戻った方がいい」
浩ちゃんに言われて、しばらくその扉を見ていた。
未来へは帰らないといけない。
ただ、浩ちゃんともう会えないかも知れない。未来にはもうじいちゃんはいない。
寂しい気持ちが先に立った。
「アン、扉を開けてみなさい」
「浩ちゃん……また会えるかな?」
「会えるさ!」
その言葉を聞いて何だか様々な感情が渦巻いた。
「開けてみるね」
扉は重かったが、未来での扉ほどじゃない。
半分ほど開けたとき、目の前が真っ白になった。
何も見えない。浩ちゃん、何も見えない。
体が飛んでいく。
聞きなれた声がした。
「アンちゃん、今日は一人? 昨日は文化祭で今日は休みじゃなかった?」
マスターだった。マスターはマスター、変わっていない。
元の世界に戻った。
後ろを振り向いた。
「浩ちゃん……」
マスターが驚いて
「えっ、浩ちゃん?」
「ううん、何でもないです」「マスター、ありがとう!」と私は言った。
「僕が何かした? アンちゃん、なんか変だよ」
「マスター、今日はこのまま帰ります」
「ああ、いいけど、本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
まだ、DISCOの余韻が残っている。
心がまだ踊っている。
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