第22話 過去へー5

 隣を歩いている若いじいちゃんは、もちろん〝年寄り〟じゃない。


「あの、なんて呼べばいいですか?」

「そうだね……、〝浩ちゃん〟でいいよ」

〝浩ちゃん〟、その言い方でエンゼルのマスターの顔が浮かんだ。

「はい、分かりました」

「言ってみて」

「浩ちゃん」

(ちょっと恥ずかしい)

「うん、それでいい」浩ちゃんが笑顔で答えた。


 何だかウキウキしてきた。

「浩ちゃん、DISCOって、どこに行くんですか?」

「六本木」


(私が〝気づいた場所〟に戻るんだ)


 お母さんは、芝浦の湾岸にDISCOがあったって言ってた。

でも、それはお母さんが中学生だから、もっと後の世界か。


「まだそれほど混んでいないな。タクシーで行こう」と浩ちゃんが言った。

第二京浜国道に出て浩ちゃんがタクシーをつかまえた。

「アン、先に乗りなさい」

「はい」

後ろの座席の奥に乗った。座席は固い。浩ちゃんも乗って

「六本木の交差点まで」と言った。

「はい」、運転手さんが返事をして走り出した。

窓に〝¥330〟と書かれている。2022年は確か410円、あまり変わらない(注7)。

外の景色を眺めながら、ドキドキ感とちょっとした不安。何か話したいけれど、言葉が出てこなかった。

浩ちゃんもしゃべらない。


(注7):初乗り料金は下げられ、

     距離別料金となったため


 あたりは暗くなってきた。もうすぐ交差点らしく、

「交差点のどこで止めますか?」とタクシーの運転手さんが聞き

「交差点を過ぎたところで止めてください」と浩ちゃんが答えた。

交差点は車で一杯だった。

交差点を過ぎてタクシーが止まった。

浩ちゃんがお金を払い、二人で降りた。


「横断歩道を渡るよ」と浩ちゃんが言った。

信号が青になるのを待って渡った。


 もう暗くなった街を若いカップル、数人のグループ、きちんとスーツを着こなした男性といかにも高そうなドレスを着た女性、外人さん、様々な人たちが楽しそうに語りながら歩いていた。

よけないとすれ違えないくらい人が多い。


 横断歩道を渡り、少し先まで歩くと、

「ここを曲がるよ」と浩ちゃんが言った。

浩ちゃんの後について歩いた。


 左に曲がって百メートルくらいか、左側に〝あの写真〟のビルがあった。

交差点とこのビルの辺りは記憶に新しい。

右には〝瀬里奈〟の看板、レストランだろうか。


 ここは私が気づいた場所だ。その話を浩ちゃんにした。

「ふーん、そうか。やはり」

「やはり?」

「〝未来の俺〟も同じだったみたいだよ」

(じいちゃんも……)

〝和室〟と〝ここ〟が繋がっているのだろうか……


「アン、このビルは〝スクエアビル〟っていって、ほとんどのフロアがDISCOだよ」

「〝サタデー・ナイト・フィーバー(※)〟って映画が今年公開されて、第二期かも知れないけど、DISCOブームだね。以前は黒人ソウルばかりが流れていたけど、今はちょっと違う」


 ※「サタデー・ナイト・フィーバー」

  ジョン・トラボルタ主演。DISCOをメジャーに

  した記念的映画


 スクエアビルは〝あの写真〟の通り、外が見える透明のエレベーターが二基あった。


 たくさんの若い人がエレベーターを待っていた。

みんな楽しそうに話しながら待っている。

私が若いと思ったのか、それともこういったところに似合わないのか、数組のカップルにジロジロと見られたが、浩ちゃんが堂々としているので無視できた。


「アン、八階の〝NEPENTA〟に行こう」と浩ちゃんが言った。

エレベーターに乗ると、定員オーバーと思える人数が後から乗ってきた。

このころは定員オーバーのブザーがないのだろうか?

浩ちゃんに肩を支えられながら、前、隣、後ろ、体は他の人とべったりとくっついている。

途中の階でその都度止まり、降りる人もいれば乗る人もいた。


 ようやく八階に着きエレベーターの扉が開いた。

その途端、大音量の音楽が私の体を押し返すように襲い掛かってきた。


 DISCOだ、DISCOに来た。


 じいちゃんが懐かしそうにいつも話していたDISCOに来た。


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