第19話 過去へー2
男性は不思議そうな顔をして、
「君、高校生?」
「はい」
「一人なの?」
「はい」
「高校生が一人でいる場所じゃないよ」
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
状況が理解できない。
頭の中は、とにかく家に戻らなきゃと、それしか考えられなかった。
六本木ならば帰り方は分かる。
大江戸線で大門に出て、都営浅草線に乗ればいいはず。
「すみません、駅はどこでしょうか」
男性は駅までの道を丁寧に教えてくれた。
まっすぐ行って右に曲がると交差点があり、左の横断歩道の先にアマンドという喫茶店が見えるので、そこに行き、アマンドの少し先に駅の入り口があると言われた。
〝アマンド〟は分かる。一度、お母さんとケーキを食べたことがある。
交差点の方に歩きながら、携帯は和室のテーブルに置いたままだったことを思い出した。誰にも連絡出来ないし、モバイルのSUICAも使えない。
交差点に近づくと、ピンクと白のストライプが見えた。
〝ALMOND〟と書いてあった。以前見たよりも古い感じだ。
交差点は車の往来が激しい。
クラクションを鳴らしている車が多く騒々しかった。
タクシーが何か違うと思った。
見れば他の車も何か古い感じで、昔を映すニュースで見たような車だ。
駅に着き、大江戸線がどこか、案内板を探したが見つからなかった。
窓口に駅員さんがいたので聞いた。
「すみません、大江戸線はどこですか?」
「何線ですって? 大江戸線? そんな路線はありませんよ(注2)」
不思議なものでも見るようにその人は言った。
「えっ?」
しばらく立ちすくみながら、目に入る光景に見入っていた。
改札を通る人たちの手から、改札の中にいる駅員さんが〝切符〟らしきものを受け取り、あれは〝ハサミ〟だろうか? それで切符を切って手渡していた。
以前、テレビで見たことがある。お父さんやじいちゃんから聞いたこともある。
昔は切符の一部をハサミで切って入場していたことを。
和室から、先ほどの場所で気がつき、男性に大丈夫? と言われたときから感じていた違和感、その原因が分かった。
なぜかは分からないが、ここは昔だ。それもかなり前。
私がずっと立ちすくんでいたので、駅員さんが
「何かお手伝いすることはありますか?」と親切に言ってくれた。
「あ、大丈夫です」
「あのーーー、今は何年ですか?」と聞いた。
おそらく何か問題のある子だと思ったんだろう。笑みを浮かべて
「昭和五十三年ですよ」と答えてくれた。
「昭和五十三年……」
西暦と和暦の計算は知っている。
令和なら西暦から18を引く、平成なら西暦に12を足す、昭和なら西暦から25を引く。
だから、昭和五十三年は25を足すので西暦で1978年だ。
〝あの写真〟の裏に書いてあった数字の年だ。
さっきまでじいちゃんの部屋で〝セプテンバー〟を聴いていたのは2022年……
ここは44年前の世界だ。
ありえないことが起こっている。
でも不思議とパニックになってはいない。
あまりにも〝ありえない〟ことなので、心の整理がつかないのかも知れない。
ただ、私は物事を常に冷静に考えられると自分では思っている。
過去に来てしまった。
なぜかは分からない。
(とにかく自宅に戻ろう)
「すみません、都営浅草線の戸越へ行くにはどうすればいいですか?」
やっとまともな質問が来たと思ったのかも知れない。
「名称変更したばかりの〝都営浅草線〟ですね。戸越へは、日比谷線で恵比寿に出て、そこから国鉄で五反田に行って、浅草線に乗り換えてください」と、細かく教えてくれた。
〝都営浅草線〟と名称変更したばかり……前の路線名は知らない(注3)。
〝国鉄〟、JRの以前の名前だ(注4)。
(注2)都営大江戸線(12号線大江戸線)
開通は1991年12月10日
(注3)1960年12月4日
地下鉄1号線として浅草・押上間開業
1968年11月15日
西馬込・泉岳寺間開通
1978年7月1日
都営浅草線に名称変更
(注4)昭和62年4月に国鉄は分割民営化
まずは切符を買わないと。ただ、財布も和室のテーブルの上だ。
財布を持っていたとしても〝未来の紙幣、硬貨〟は使えなかっただろう。
思い切ってお願いした。
「すみません、お財布を無くしてしまって、戸越までの運賃を貸してもらえないでしょうか?」
「君は高校生?」
「はい、そうです」
「学生証を持ってますか?」
学生証も財布に入っている。
「学生証も無くしてしまって……」
「分かりました。じゃ、この紙に住所と名前と電話番号を書いてください」
「はい」
住所は大丈夫だろうか? 電話番号は大丈夫だろうか?(注5)
今いる時代に合っているだろうか? 不安を覚えながら、書きこんで紙を渡した。
幸いに、パッと見ただけで、
「じゃ、かなり余るけど、切りの良いところで五百円貸します。そこの窓口で切符を買ってください。国鉄と連絡して買えますから」
五百円硬貨ではなく、渡されたのは紙幣。紙幣の肖像だ誰かは分からなかった(注6)。歴史の教科書で見たことがある。
窓口で、
「恵比寿で国鉄に乗り換えて五反田から地下鉄に乗って戸越まで行きます。切符をください」
「二つの路線を跨ぐ切符はないので、五反田までの切符を出しますから、五反田で降りたら地下鉄の切符を買ってください」
五反田まで百八十円だった。(やはり安い)
切符を改札の駅員さんに渡して、ハサミを入れてもらいホームに降りた。
中目黒行きの日比谷線が間もなくして入線した。
電車に乗り恵比寿で降りた。
乗り換えられるか不安だったが、人の流れに沿って歩いたら、すぐに分かった。
国鉄の恵比寿駅は自分の知っている恵比寿駅じゃない。アトレなどない。
国鉄に乗り、五反田で降りた。
そこから都営浅草線の切符を買い、ようやく自宅駅戸越に着いた。
ここまでの景色は、セピア色の昔の写真を眺めているような、何かやさしさに満ちた、落ち着いた変な感じだった。
ただ、そうした景色と別に人は多く、みんなせわしなく歩いていた。
(注5)住所:2022年の住所表記に変更と
なったのは1963年
電話番号:東京23区の市内局番が
3桁から4桁になったのは1991年
(注6)岩倉具視
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