第10話 学校ー2

 次の日の午後、学校の帰りに陽菜と二人でエンゼルの重い扉を開けた。

気のせいか、扉はいつもより重かった。


「いらっしゃい、今日は二人?」マスターがいつもの笑顔で聞いた。

「はい」私が答えて、陽菜と一緒にいつもの席に座った。

「ご注文は?」

「私はミルクティー、陽菜は?」

「じゃ、私も」

「はい、了解。ミルクティー二つね。どちらもホットでいい?」とマスターが聞いた。

「はい」二人同時に答えた。


 ミルクティーを飲みながら

「陽菜、どう聞いたらいいかな?」と聞いた。

「うーん、難しいね……」

沈黙の時間がしばらく流れた。


 その間、はじけるような曲でなく、落ち着いた、アンサンブルというかバンドというか、オーケストラの演奏なのか。

青く茂った広い草原で、おだやかな風が草を揺らしているような、気持ちがいい曲が流れていた。


 私たちが変に静かだったので、それが気になったのか、マスターが近くにきて

「この曲は『愛のテーマ』っていう曲だよ」と教えてくれた。


 陽菜はこのタイミングと思ったのか、

「私たち、マスターに聞きたいことがあります」

「陽菜……」

「この前のアンちゃんに続いて今日も質問かい? どうしたの?」


 陽菜がはっきりと言った。

「薫さんという人はアンのおじいさんの友達だと聞きました。でも、単なるって言ったら変ですけど、それだけの人ですか?」

マスターは少しの間を置いて

「なぜそんなことを聞くのか分からないけど……薫さんは浩ちゃんの友達、それだけだよ」と答えた。少し突き放す言い方に思えた。

「でも……」私は陽菜がまだ話そうとするのを遮り

「分かりました、何度もすみませんでした」と言った。

「アン……」

陽菜も黙り、それ以上は何も聞かなかった。


 エンゼルを出て、二人でしばらくは何も話さず歩いた。


 下に新幹線が通る橋をすぎると少し急な坂があり、坂を下ると第二京浜国道に出る。そこを国道沿いに右に曲がれば駅だ。


 国道に出る手前で、陽菜が突然言った。

「やっぱり変、変だよ。何かあるんだ」

私もそう思ったが今は何も考えたくなかった。お母さんやマスター、何かはっきりしない雰囲気に少しの苛立ちと脱力感があった。


 駅に着いた。都営浅草線の西馬込駅だ。

この駅は始発駅・終点駅で、ホームが二つあり、どちらのホームから次の電車が発車するかは電光掲示板で分かる。次は一番線からだ。

始発としてすでに停まっている電車に二人で乗り、発車を待った。


 二分ほどして電車が発車したが二人とも無言のまま乗っていた。

三駅先の戸越で私は降りるが、陽菜はもっと先まで乗る。

間もなく戸越駅に着いた。

「陽菜、今日はありがとう。また明日ね」

「うん、アン大丈夫?」

「大丈夫」

発車ベルが鳴り、慌てて降りた。

電車の中の陽菜に手を振り見送った。


 その週も前の週と同じモヤモヤが心にある中、時間が過ぎた。


 その後、学校では、陽菜と薫さんの話はしなかった。

私が切り出さない限り、陽菜からその話題を持ち出すことはないだろうと思っていた。

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