第8話 発熱

 次の週の月曜日、薫さんのことがずっと頭に引っかかっていたからではないと思うが、朝起きると少し熱っぽく、体温が37.6度あった。


「あら、ちょっとあるわね、最近のことで疲れちゃったのかもね」

「今日は休みなさい」とお母さんが言った。


 確かに最近のことで疲れていた。

一番の理解者、じいちゃんがいなくなってしまったことが、自分の心にポッカリと穴を開けているけれど、薫さんのことがすっきりせず、モヤモヤとしていた。

この日は、お母さんの言う通りに休むことにした。


 お父さんは早い時間に出かけ、お母さんも出かけた。

家の中は私と、骨壺に収まっているじいちゃんだけになった。


 ベッドに横になっていると、陽菜とさくらから私たち三人のLINEグループにメッセージが来た。


さくら:「熱が出たって? 大丈夫? 甘いもの持ってお見舞いに行こうか?」

陽菜 :「最近のことで疲れが出たんだと思う。今日はゆっくり休んで!」

私  :「ありがとう、熱は高くない。今日は家で寝てる。お見舞いは大丈夫だよ」

私  :「明日は学校に行けると思う」

さくら:「分かった、明日待ってるね」

陽菜 :「無理しないでね」


 お昼前に熱は37度ちょうどまで下がった。


 仏壇に行き、お線香をあげた。

骨壺に触り、ばあちゃんの遺影を見て手を合わせた。

(じいちゃん、四十九日をやっていないから、ばあちゃんとはまだ会えていないよね)


 じいちゃんがいつも音楽を聴いていた和室は、主人がいなくなったからか、温かみがなく空気が冷たい。

家も古いので、隙間風だろうか、空気の流れを顔に感じる。


 じいちゃんの和室には、年寄りにも和室にも似合わないオーディオがどんと置いてある。

前に家にきたことがある拓海が

「凄い! 凄い!」って言ってた。

「真空管アンプだよ!」

「レコードプレイヤーだよ!」って、子供のように興奮していた。

拓海が喜ぶ姿を見るのはうれしい。

ただ、私にはどうすごいのか何がすごいのか、良く分からない。でも、真空管のやさしい灯りは好きだ。心を穏やかにしてくれる。


 オーディオの横には、どのくらいあるのか分からないが、昔のレコードがずらっと棚に収められている。

レコードだけでなく、CDもかなりの数がある。


 ふと、棚の上にちょこんと置いてある二枚のCDが目についた。

まるで、じいちゃんが「アン、聴きなさい」と言っているようだった。

手に取ってみると、一枚は「テンプテーションズ:ベストアルバム」。

この前エンゼルでかかっていた「マイ・ガール」が一曲目だ。

もう一枚は「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」だった。

じいちゃんの大好きな「セプテンバー」も収められている。


 CDを手に取り、テンプテーションズのマイ・ガールをかけてみた。


 ♪ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダーンダダダダダ・・・


 印象的なイントロは頭の中に記憶されている。


 エンゼルは〝ソウル〟をいつもかけてるってじいちゃんが言ってた。

DISCO音楽と違うのだろうか。ちゃんと聞いておけば良かった。

他にも〝R&B〟って言ってた。

〝DISCO〟〝ソウル〟〝R&B〟どう違うんだろう。


 ♪MyGirl、MyGirl、MyGirl・・・MyGirl 


 いい曲、この曲で踊るってじいちゃんが言っていたソウルステップってどんな踊りなのかな。

じいちゃんから、もっと〝DISCO〟の話を聞きたかった。


 じいちゃんがいつも座っていた特等席(ソファ)に腰を下ろし、しばらくテンプテーションズを聴いていたら、いつの間にかウトウトと寝てしまった。


 夢の中にじいちゃんが現れた。

夢の中のじいちゃんは膝が痛くないのか、〝マイ・ガール〟を踊っている。

「これがソウルステップだよ」って楽しそう。

なぜか、拓海もじいちゃんの横で踊ってる!


 踊っているのを見ていて、簡単そうだけど右足を空振りするような動作が入って、難しいのかもと思った。


 じいちゃんと拓海、一緒に踊りたいのに、体が動かない……

でも、楽しそうなじいちゃんを見ているだけで、自分も幸せな気分になる。


 ブーブー・・・スマフォのバイブ音で目が覚めた。

お母さんからのLINEだった。


「熱はどう? 少し早めに帰るわね」

「ちゃんと寝てなさいよ」

お母さん用にドラミちゃんスタンプでOKと送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る