第4話 別れー4

「アン、このお菓子美味しいよ!」


 ノンが、相変わらず空気を無視して私を呼んだ。

「アン、こっちにいらっしゃい」、お母さんに言われて、薫さんから離れた。

「あの人誰? なに話してたの?」

「別に」、ノンに言っても仕方がない。

「何よ、別にって」ノンは上脣に和菓子の粉を付けて、頬を膨らませてる。

私より二つ下で、お母さんの妹の子供。ノン、あんたは……ってことも多いが、憎めない子。


「アンはじいちゃん子だったもんね。悲しいよね」

ノンが大人みたいな言い方をしてくる。

「ノンだって悲しいでしょ?」

「悲しいよ」

ほんとに悲しんでいるのか、どうもこの子は言葉に感情がない。


 隣で私のお母さん、お父さん、おばさん、おじさんがじいちゃんの話をしていた。

「姉さんも大変だったわよね、お父さん、我儘だったから」とおばさんが言った。


「うーん、そうね。いろいろあるけど……つまらないことは覚えてるわ」

「お父さん、自分では作らないのに食事にはうるさかった」

「お父さんは目玉焼きにソースなのよ、昭和世代なのに」

「他はみんな醤油だから。一度醤油をかけて出して、凄い剣幕で怒られたわよ」


「あとね、お父さん、ファッションにはそれなりにうるさくて、結構高いスニーカーを履いてたでしょ。ひもが緩んでいたから締めなおしたら、『誰だ、きつく結んだのは。すっと履けないだろ!』って」


 お母さんの愚痴が立て続けに出てきた。

「お父さん、〝ニューバランス〟のスニーカーが好きだったわね。お父さんが素直なのはアンの前だけよね」とおばさんが言うと

「そうね、なぜかアンには優しかったわね」

とお母さんが同調し、みんなが私の顔を見た。


 そのとき、

「お時間です」と担当の方が来て言った。


 あの冷たい部屋のそばに別の部屋があった。

鉄の板のようなものが部屋の真ん中に置かれ、その上にそれはあった。

(じいちゃんの骨。こんなにも少ない)

「年取ると、やっぱり骨はスカスカよね」お母さんが言うと

「そうだな」とお父さんも答えた。


(じいちゃん骨だけになっちゃったね、熱かった?)


「これが喉ぼとけです」担当の人が教えてくれた。

またまた空気を読まないノンが

「へー、これが喉ぼとけ!」と大きな声をあげた。

(あんたは黙ってなさい!)

「では、みなさま。お二人づつ一緒に箸でお骨をお取りいただき、骨壺に収めてください」と担当の方が言った。

後で聞いたが〝骨上げ〟と言うらしい。


「アン、一緒にやろうよ」とノンが言ったが、(冗談でしょ)と思った。

でも、ノンも神妙な顔をして〝作業〟しようとしていたのが分かったので、ノンとやることにした。

二人でゆっくりと骨を箸で持って骨壺に収めた。


 あのおばあさん、薫さんはお母さんと一緒だった。お母さんはお父さんともやったので、二度目だ。


 さっきまで〝じいちゃん〟だったのに、こんなにバラバラな骨になってしまった。じいちゃんの顔を思い浮かべて、また泣けてきた。

「アンはまた泣いてる」ノンが言った。

骨と一緒に金属のボルトのようなものがあった。

その視線が分かったのか、お母さんが

「おじいちゃん、膝が悪かったでしょ。膝に入れていたボルトよ」

「持ってみなさい」とお父さんが言った。

持ってみた。少し熱かった。また重い。こんなものがずっと入っていたんだ。


「今は膝が痛いけど、昔はDISCOで踊りまくったもんだ」じいちゃんが膝をなでながら言っていたのを思い出す。踊ってる姿、見てみたかった。


 参列者の〝骨上げ〟が終わり、担当の方が骨をえり分けながら骨壺に収めていった。粉になっている骨は小さなほうきで集められ収められた。

最後に喉ぼとけが一番上に置かれた。


「お母さん、骨壺どうするの?」と私が聞いたら

「家の仏壇でおばあちゃんの写真の前に置くわ」

「お墓は?」

「四十九日の法要後に納骨するのよ」

「ふーん」


 あのおばあさん、薫さんは、変わらずにわずかに微笑を浮かべていた。

じいちゃんとばあちゃんと三人で食事をしたりしたんだろうか。

火葬場まで同行しているんだから、じいちゃんにとって〝特別な友達〟だったのかも知れない。


 ばあちゃんが亡くなったとき、じいちゃんが涙をこらえていたのを覚えてる。

泣いてるのを人に見せまいとしてた。

じいちゃんは、ばあちゃんのことが大好きだった。

ベッドの横でばあちゃんが好きな時代小説をいつも読み上げて聞かせていた。

ばあちゃんが亡くなって1年くらい、じいちゃんは我儘もあまり言わず静かだった。寂しくて仕方なかったんだと思う。


 この日のことはきっと忘れない。最後のじいちゃんの顔、〝骨上げ〟でのボルトの熱さと重さ、そして、薫さんの存在。


 なぜかは分からないが、薫さんが気になっていた……なぜかは分からない。

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