第3話 別れー3
火葬前の読経が終わり、柩に最後のお別れをした。
担当の人がみんなに一礼して、重そうな鉄の扉の中、〝火葬炉〟に柩が収められ扉が閉められた。
「少しお時間をいただきますので、控え室にてお待ちください」と担当の人が言った。参列者がぞろぞろと控室の方へ歩き始めた。
火葬場まで同行したのは、喪主のお父さん、お母さん、私、お母さんの妹のおばさんと、おじさん、従姉妹のノン、親族が数人、誰が誰だかはよく分からない。
あと、じいちゃんがいろいろとボランティアで手伝っていた町内会の会長さん、そして、先ほどのおばあさんだ。
そのおばあさんは何か申し訳なさそうにしんがりを歩いていた。
時折、お母さんとおばさんが、おばあさんを気にかけていた。
その人は、昔は間違いなく美人だったと思わせる顔立ちをしていた。
おばあさんは、ひっそりと、じいちゃんとの最後の別れの時間を大切にしているような感じがした。
火葬場と違って、昨日のお通夜と先ほどの告別式には多くの人たちが参列していた。火葬まで同行したいと申し出た人もいたらしいが、お母さんが
「親族だけで……」と丁重にお断りした。
じいちゃんは大企業の役員を長年勤めていたので、それほど広くない葬儀場に溢れるくらいに人がきていて、受付の人も大変そうだった。
じいちゃんってすごい人だったと思わせる供花の数だ。ずらっと並んだ様は壮観だった。
でも、私には単なるじいちゃん、仕事の話も聞いたことがなかった。
私がもっと小さい頃、じいちゃんに毎年たくさんのお歳暮が届けられ、いつもそれをお母さんがもらっていた。
お母さんは、「あ、これももらうわ」と、その時期を楽しみにしていた。
火葬を待つ時間は五十分くらいだと担当の人が言っていた。
火葬炉での火葬時間は、亡くなった人の体格などによって違うようだ。
出された和菓子を食べながら、なぜか気になって、あのおばあさんを見ていた。
お母さんが和菓子を食べようとしたのを制して、部屋の端にお母さんを引っ張り、改めて聞いた。
「あの人誰?」
「誰って……」お母さんは少し困った顔をして
「おじいちゃんの〝お友達〟よ」と言った。
お母さんのその言い方に何か引っかかった。
(親族以外は断ったって言ってたのに……)
薫さんっていう名前だとお母さんが言った。
「ばあちゃんが亡くなってからの友達? 会長さんは参列してるけど、町内会のお友達?」
「いえ、ずいぶん前からみたいよ、おばあちゃんも知ってた人」
「ふーん」
改めてその人を見た。
薫さんは一人ぽつんと、隅で静かにお茶を飲んでいた。
薫さんが座っている場所だけが何か別の世界のような空間に感じた。
その佇まいは、この人が良い環境で育ったことを想像させた。
「アン?」
お母さんが呼ぶのを後ろに、早歩きで薫さんの横に行き、座った。
薫さんに興味があった。
薫さんは少し驚いた表情を浮かべたが、優しく微笑みながら、
「アンさんね」と言った。
アンは呼び名だけど、私は気に入ってる。
ただ、初めての人にそう言われることはない。
「〝杏樹〟です。私を知っているんですか?」
「あら、ごめんなさい。何度も浩二さんから『アンが』『アンが』って聞いていたので」
〝浩二さん〟とはじいちゃん、私にとっては〝じいちゃん〟なので違和感がある。
「浩二さんはあなたの話をするとき、ほんとうに嬉しそうでしたよ。二人一緒のところを見たことはないけど、二人が笑いあっている姿を想像できました」
じいちゃんとの思い出を語るように薫さんが言った。
「祖父とはいつからのお知り合いですか?」
「そうねえ、長いわね」と、薫さんは部屋の奥の掛け軸を見つめながら答えた。
今、この人の頭の中はこの場所から離れて、じいちゃんとの思い出の時間にいるんだと思った。
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