第10話 また会う日まで
「ルーファス。今回は……コホッ、ありがとう」
オーランが咳き込みながら言う。皆はガラオの街まで戻っていた。
「こちらこそ。きっちり報酬まで貰って助かったよ」
椅子に座ったまま、ルーファスがオーランに目を向ける。オーランはいつもの旅装姿をしていた。彼の肩には鳥の姿になったファルサが止まっている。
「なんだもう行くのか?」
対するルーファスは麻のシャツにズボンといった軽装だ。その横にはゼフィアとメラニーも座っていた。二人ともルーファスのように軽装だった。
いまオーランたちがいるのは〝竜の酒蔵亭〟の食堂兼酒場だ。ダンジョンから帰還して四日が経っていた。
「早めに協会に連絡しておきたいんだ。今回のはむこうに……コホッ、色々とやって貰いたいこともあるしね。ダガートは?」
「朝の礼拝をすっぽかして、まだ部屋でいびきを掻いて寝てるよ。あいつは破戒僧まっしぐらだな」
ルーファスの言葉にオーランは苦笑する。
「ルーファスたちは……コホッ、まだガラオの街にいるの?」
「もう一つクエストをこなしてから王都に帰ろうと思ってる」
「ごめんなさい。あたしのせいで」メラニーが申し訳なさそうに言う。
「あなたのせいじゃないわ。どっかの
そう言ってゼフィアがルーファスを軽く睨んだ。ルーファスが肩を竦める。
「あの絡み方はどう見てもチンピラだったろ? メラニーの昔の仲間なんて思わねぇよ」
「それでも問答無用で殴り倒すのはダメでしょ。あんたが怪我させたおかげで、代行でクエスト受けなきゃいけなくなったんだから。ダダ働きもいいところよ」
「本当に、ごめんなさい」
二人のやりとりを、メラニーは肩身が狭い思いで聞いている。ガラオの街に帰ってきて翌日のことだった。ルーファスたち四人は冒険者ギルドに報告行った。その時にメラニーは、喧嘩別れした昔の仲間に出会ったのだ。
そして彼女が今、かつて祖父が所属していたパーティにいると知ると嫌みを言って絡んで来たのだ。
「だからメラニーは悪くねぇって」
「そう。悪いのはこのバカね」
「相変わらずお前ェは早とちりが多い奴だな。もうオッサンだろ。ガキじゃねぇんだから、行動する前に考えろよ」
ファルサが呆れたように言う。
「うっせぇバカ鳥」
「メラニーは……コホッ、災難だったね」
オーランがメラニーに声をかける。彼女は軽く首を横に振った。
「今までの報いよ。あの人たちとパーティを組んでた時に、意地を張って喧嘩しなければこんなことにはならなかったわ。
それよりあなた本当に大丈夫?」
メラニーはオーランを心配そうに見た。ダンジョンを出て半日くらいは調子が良さそうだったオーランも、今ではすっかり血色が悪くなっている。痩身長躯なのも手伝ってまるで病人のようだ。
ダンジョン内での彼を見ている分、調子の悪さが際立って見える。
「いつものことさ」オーランは笑ってみせた。「さて、じゃ僕は行くよ。ダガートに……コホッ、よろしく伝えておいて」
「わかった。お前は里帰りだな」とルーファス。
「本当は帰りたくないんだけどね」
「今度はどれくらい監禁されるかな」
「監禁!?」メラニーが驚いたように言う。
「ファルサ! 悪い冗談はやめてくれ。メラニーが……コホッ、本気にするだろ」
オーランは顔をしかめた。ファルサを掴もうと手を伸ばす。だがファルサはそれを華麗に躱して床へと飛び降りた。
「お前ェが好き勝手出歩いてるからだ。クィントンの野郎、あれで心配性だからな。今回はあの野郎に骨折って貰うことが多いだろうし、覚悟しとけよ」
ファルサは楽しそうに言う。
「叔父さんには会いたくないなぁ」
ぼやくオーランを見て、ルーファスとゼフィアが笑った。
「叔父さん?」メラニーは話についていけず、きょとんとしている。
「ヴァーノンの弟子たちとこいつは、家族も同然だからな。みなこいつのことを心配してんだよ」
ファルサがメラニーに向けて言う。それを聞いてメラニーが微笑んだ。
「いい家族ね」
「過保護でなければね」
本当に嫌なのだろう。オーランがげんなりとした表情で言った。
「特にヴィータは怖ぇからな。行くのが王都の魔術学院でなくてよかったな」
「ファルサ、その話は……コホッ、もう終わりだ。行くよ」
ファルサが再びオーランの肩に乗る。
「じゃあ、ルーファスにゼフィア」オーランは呼んだ順に彼らを見て、最後にメラニーに視線を向けた。「メラニーも、また」
「おう。気をつけて行けよ」
「またいい儲け話持ってきてね」
「オーラン、ありがとう」
三人の言葉を背に受けてオーランは〝竜の酒蔵亭〟を後にする。街中は朝の喧噪に溢れていた。人波を潜りながら目指すのは乗合馬車の駅だ。上手く乗り継げば、ヴァーノンの大迷宮まで五日で行けるはずだった。
「ねぇファルサ。頼み事するんならやっぱ……コホッ、手みやげ持ってた方がいいかな?」
「おう持ってけ持ってけ。クィントンの野郎、きっと泣いて喜ぶぜ。まぁお前ェの顔みただけでも喜びそうだがな」
二人の会話は朝の喧噪に溶け込んでいった。
〈了〉
限定無双のダンジョン探知師 宮杜 有天 @kutou10
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