第23話 微妙な距離の二人
落札が無事終わったということで、リュティエ公爵との間に契約書を作成した。
とはいえ、以前にも同じ問題に直面したが、金貨を山程抱えて歩くのは、重たいし嵩張るしであまり得策ではない。
こういう額面の大きな取引では、証書を用いるのが一般的だ。
「普通の絵画と同じように、湿気や陽の光といったものは避けるようにしてください」
「心得ているよ」
「それでも念の為にお伝えさせていただきました。あと俺のことは紹介していただいても構わないのですが、同じようなものの提供を求められても、応じられないことだけは、事前に了承していただきたいです。俺は元々砂糖やコーヒーをウェルカム商会に卸す貿易商ですから」
渡は深く頭を下げた。
雪舟クラスの作品をぽんぽんと用意しろといくら頼まれても、手に入れられる保証はないし、日本での資金にも限りがある。
基本的には、渡は砂糖のような原価がほとんどかからない物を、異世界で高額で販売する方が望ましかった。
ガラス工芸品も、今回の美術品に比べれば比較にできないほどに安い。
今回引き受けたのは、マリエルたちの故郷を確実に守りたい、という思いがあっての選択だった。
「ムググググググ! 我も! 我も欲しかった! ぐおおおおおおっ! なぜあの時の我は、金貨数枚をケチってしまったんだ!」
「それも分かったよ。モイー君がこれほど悔しながらも、命令はしないんだ。本当に手に入らないんだろうね。いやー良いものを手に入れた!」
「ぬおおおおおおおっ!」
モイーは地団駄を踏んで悔しがっている。
楽しそうに笑って目を細めながら、リュティエがモイーを眺めた。
嘲るというよりも、その態度をただただ楽しんでいるように見える。
学生時代は同級生だったという話だが、鈍い渡から見ても、リュティエにはモイーに好意があるように見えた。
「ワタル、まったく同じ作者でなくとも、同じように趣のある作品は手に入らないのか?」
「これほどの逸品はまあ難しいですね。それなりの作品であればなんとかなると思います」
「だろうな……。あらためて見ても見事な筆致よ。ありとあらゆる場所に魂が籠もっている。繊細にして無比。……あああ、惜しいことをした! 一時の小金惜しさに貴重な作品を手に入れ損なうとは!」
「やーいやーい。またわたしの勝ち。モイーくん駆け引きよわよわ。ざーこざーこ」
「むぎぎぎぎぎぎ!」
バリバリと頭を掻きむしるモイーの悔しがり方を、リュティエはケラケラと笑っている。
これで大喧嘩にならないのだから、元々の仲の良さが伺い知れるというものだ。
「まあそんな悔しがっているけど、君はすでにワタルから手に入れた稀少なコレクションが沢山あるんだろう? ぜひわたしに披露してくれよ」
「む、むむっ!? し、仕方がない。我のとっておきの蒐集品を見せてやろう」
コレクターが自分の大切な蒐集品を披露できるのは、とても楽しいひとときだ。
モイーの操作方法がよく分かっているな、と感心した。
いや、リュティエもまた数寄者の一人。
似た属性の気持ちは理解して当然か。
しぶしぶ、といった様子ではあったが、モイーはリュティエの望んだように、気を取り直した。
これでこの二人、付き合ってないんだろうか。
お互いが領地を預かる身ということを考えれば、恋愛などできるものではないかもしれない。
もしかしたら、二人が夫婦になる未来もあったのかもしれないな、と渡は思った。
他人の恋愛模様ほど面白いものはない。
普段は目にかからない貴族ならなおさらだ。
渡だけではなく、マリエルやエア、クローシェもニヤニヤと二人のやり取りを楽しく眺めていた。
視線に気づいたのか、リュティエはコホン、と咳払いを一つ。
商品を受け取ったリュティエが、控えていた使用人から、何かを受け取ってそれを渡に差し出した。
何だろうか?
金属製の板切れに、文字が刻まれている。
端にある複雑な魔術的模様は、偽造防止だろうか。
「通行手形だ。我が領内を手数料無しで自由に通行できるようになっている。いつか遊びに来てくれると嬉しい」
「恐縮です。いつか必ず旅行や仕入れに行かせていただきます」
「あっ、リュティエ。君ワタルに粉をかけようと言うなら、さすがの我も看過できんぞ」
「独占しておきたい気持ちも分かるけど、御用商人だからって他の家が利用しちゃいけない理由なんてないだろうに。あまり懐の浅いところを見せると、男が下がるぞ」
「ムムム……」
「ご心配には及びません。モイー卿には一番お世話になっておりますから、何かがあれば、優先させていただきますよ」
「仕方あるまい……ただしリュティエ、使い勝手が良くとも、無理強いはさせるなよ」
「わたしを誰だと思ってるんだい。さあ、君たちはご苦労さま。じゃあ、そろそろ秘蔵のお宝を見せてくれないかい?」
「うむ。特別な部屋に招待してやろう」
モイーの秘宝が並べられた特別な蒐集部屋に、リュティエを連れて行くらしい。
お互いの使用人を連れてのようだから、密会ということはないようだが……。
並んで歩く二人の距離が、妙に近いように渡には思えてならなかった。
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COMIC第1巻がいよいよ来週発売。
Webの方では5話(前編)が更新されました!
ぜひ読んでくださいね。
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