第24話 渡の家族
モイーとリュティエとの商談を終えた渡たちだが、後日もう一度モイーとは会わなければならなかった。
そのことを考えると、渡の心は深く沈んだ。
夜、仕事を終えてゆっくりと過ごすような時間帯、渡はテレビを流し見しながらも、頭の中では考え事を続けていた。
マリエルの両親、ダニエルとマリーナがハノーヴァーの領主に復帰するのを、渡たちが決めよ、と投げられた問いに、どう答えるかだ。
モイーの予想によると、ダニエルとマリーナはマリエルを買い戻そうとするだろう、とのことだった。
これが赤の他人なら、知ったことか、の一声で終わる話だ。
マリエルは渡の
これは王国が法によって保障している権利でもある。
だが、二人はマリエルの両親だ。
渡個人のことだけを優先していれば、マリエルとの生活に支障が生じるのは予想に難くない。
奴隷としては今後も献身的に仕えてくれるかもしれない。
だが、その立場を開放して、一人の自由民となった時、はたして渡に対して、どこまで同じ愛情を持ってくれているだろうか。
マリエルは渡の愛する大切な女性の一人だ。
彼女には幸せになってもらいたいと心から願うし、助力も可能な範囲なら惜しむつもりはない。
マリエルが両親を大切にしていることは分かっているのだ。
ダニエルとマリーナの二人にも、手の届く範囲であれば幸せになってほしいと思う。
――とはいえ、それでマリエルと離れ離れになるのでは、本末転倒も甚だしい。
そんなわけで、渡は近頃、悩みが尽きなかった。
「はぁ……どうするべきだろうな」
「ニシシ、溜息ばっかりついてるねえ。ほら、カニカマでも食べる?」
「エア……。悪いな、気を使わせちゃって」
「美味しいよねこれ。本物のカニも美味しいけど、また違う美味しさって感じがする」
先程までゲームをしていたはずのエアが、渡の側に座った。
お風呂上がりの柑橘系の爽やかな香りをさせている。
長い金の髪の毛はしっとりとしていて、また普段とは違った色っぽい魅力があった。
エアはリンゴジュースをゴクゴクと飲みながら、カニカマをひょいひょいと口に運ぶ。
(エアは前から「シュワシュワだ! 美味しい!」と炭酸系の飲み物を好む)
「主って、なんか家族のことになると、深刻に考えるよね。クローシェのときも思ったけどさ」
「……分かるか?」
「うん。もともと慎重なタイプだけど、特に慎重になる感じがする」
「たまんないな」
「ごめんね? 主だって言いたくないこともあるよね」
隠し事を暴かれて、渡の心臓が跳ねた。
ドクン、ドクン、と強く拍動する胸の音を聞きながら、渡は手を握り合わせて、それをジッと見つめる。
驚くほど端正なエアの目が、まっすぐに渡を見ていた。
普段のおちゃらけた、可愛らしい顔とは違う。
真面目で、ビックリするぐらいに整った美貌。
黄金色の虎の目が、渡のすべてを見抜いていくようだ。
人とは桁外れの鋭敏な感覚を持つエアやクローシェたちには、隠し事ができない。
ステラだって、エルフの耳で渡の心の奥底を見抜いているだろう。
どうせいずれは話そうと思っていたことだ。
けれど、今までどうしても口について出なかったことが、エアの真剣な表情に誘われて、ふっとこぼれた。
「俺さ、両親の顔を知らないんだ。生まれてすぐに父親が蒸発して、母親は捨てられたショックと、育児ストレスで、うちの爺ちゃんと婆ちゃんに預けたまま、どっかに消えてしまったんだって」
「そんな、ひどい! 生まれた子を放置するなんて、うちの一族なら八つ裂きだよ」
「だよなあ……。やっぱりひどい親だよな」
「主は恨んでないの?」
「分からない。俺は失ったんじゃなくて、物心ついたときから、最初からいなかったから。そういうものだと思ってたし」
顔も知らないし、見たことも聞いたこともない相手だ。
だから、下手に恨むことすらできないでいる。
なんというか、親という存在の実感がまったくないのだ。
小学校の参観日や、三者面談などは祖父と祖母が代わりに来てくれた。
寂しくはなかった、といえば嘘になる。
心の何処かで、どうして俺は捨てられたんだろうか、という疑問が、ずっと澱のように残っていた。
仲の良さそうな家族を見れば羨ましかったが、優しい祖父母を見ていれば、それは二人の愛情を否定するようにも思えて、ずっと言葉にはせず、心の底に押し込めてきた。
「両親の愛情を知らないからこそ、俺はマリエルやクローシェ、エアといった家族には仲良くして欲しい。ステラが一族からないがしろにされているのを知れば、自分ごとのように腹立たしかった」
「そっか。クローシェがお兄さんに会った時にすごく気にしてたのも、それが理由だったんだ。……主のことが分かって、嬉しい。教えてくれて、ありがとう」
「んっ……。ま、まあ。いつか話そうと思ってたからな。俺のことを知ってもらういい機会だよ」
「そっか。じゃあマリエルの問題とクローシェの問題が終わったら、今度アタシの家のことも教えてあげるね」
「ああ、そうだな。よく考えたら、エアの家庭については傭兵一家ってことぐらいしかしっかり聞いてなかったからな。今度教えてくれ」
「分かった」
金虎族。
よくエアは一族のことをさらっと口にするが、その生活ぶりの深い所はあまり知らない。
エアが頷いた。
長い前髪が目にかかり、エアは耳元にかきわける。
その仕草が色っぽかった。
ドキッとさせられながらも、渡は言葉を続ける。
「そんな俺だから、マリエルに近くにいてくれたままで良いのかとか、考えちゃうんだよな」
「えっ、そんなの、一緒に暮らしながら、マリエルの両親が上手くいく方法を考えれば良くない?」
「ええっ? そんな都合のいい方法ってあるのか?」
「だって、貴族って言っても、事故とかで子どもがいなかったり、病気で奥さんが亡くなったりして、後継ぎがいないとか、いくらでもあったはずでしょ? これまでにも似たような抜け道はあったはずだよ」
「そうか……。モイー卿はマリエルについてだけ話してたけど、分家から養子をもらったり、方法はないわけじゃないか。エアはよくそんなこと気づくな」
「ニシシ、見直した?」
いたずらっぽいいつもの笑いを浮かべ、エアが渡を見つめる。
「……ああ。あんまりこういう話は、意図的に避けてるだろ? 苦手なんだって思ってた」
「まあ、多少はね? アタシも族長の娘だし。ただ、普段のアタシの役割はあくまでも戦力だと思ってるから」
エアはバカではない。
むしろ賢い女性だと思っていたが、それでも想定以上にしっかりと考えていることに驚いた。
解決への糸口が見えて、ほっと心が軽くなる。
表情を明るくさせた渡の様子を確認したエアは、ぎゅっと抱きしめると、濃厚な口づけを落とした。
「んっ、ンンッ、……主、いつでも、たよってね? 主のこと、大好きだよ?」
「ああ。ありがとう」
息が苦しくなるほどの長いキス。
お互いの唾液を混ぜ合わせ、舌と舌を絡める。
「イシシッ、主が家族を知らないなら、アタシたちで家族になっちゃお」
「んんっ!? んっ!」
口の中に肉感的なニュルニュルとした快感を覚えながら、渡は手を伸ばす。
お風呂上がりのノーブラの乳房を優しく揉みしだくと、エアは尻尾をゆらゆらと揺らし、渡の太ももに絡め始めた……。
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11月29日にコミック第1巻が発売。
これも皆さんの応援のおかげです。
心より感謝申し上げます。
各書店で限定特典ペーパーがつくので、近況ノートに詳しくリンクを張っています。
表紙の書影も分かるので、良ければご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16818093089398953576
【コミック11月29日発売】異世界⇔地球間で個人貿易してみた 肥前文俊@ヒーロー文庫で出版中 @hizen_humitoshi
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