第22話 リュティエ公爵の驚愕 下

「お二人のうち、もっとも高い額を呈示いただいた方に、こちらを販売いたします。とはいえ、お二人の立場を考えますと、価格が青天井に増えてしまう可能性もあるため、それもよろしくないでしょう」

「まあ、そうだな。我もつい散財してしまうが、熱くなって予算を大幅にオーバーするのは避けたい」

「ワタシもそうだね。とはいえ、この素晴らしい絵画を手に入れる為ならば、相当な額は出せるつもりだけど……モイーはどうかな」

「ふん、我の領地改革は順調そのもので、侮ってもらっては困る」


 海洋、河川貿易の中心地であるリュティエに対して、モイーは大量の食料生産地であり、高価な錬金術の名産地であり、近頃河川貿易の拠点地を手に入れた。

 収益にあえぐ貧乏貴族からすれば、どちらも比較にならないほどに裕福だ。


 モイーとリュティエが横目でチラッと視線を送り合い、バチバチと火花を散らした。

 先ほどまでの仲の良さそうな雰囲気はどこへやら。


 今このときばかりは、蒐集家としての因業に熱くなっているようだ。

 とはいえ、モイーは本来の目的を忘れてはいないかと心配になる。


 最終的には、リュティエにハノーヴァーの防衛への協力を取り付けることが作戦だったはずなのだが……コレクター魂はそういう理性も奪ってしまうものなのだろうか。


「そこで、オークションの落札方法を考えました。双方に落札価格を書いた紙を、同時に渡していただきます。三度行い、最終的に一番高い額を呈示された方に、ご購入いただきましょう。なお、毎回提示額は俺の方から高い方だけを公開します」

「ふむ……前回の提示額を参考に、相手の提示額を読んで、次の価格をどの程度上乗せするか考えるわけか」

「面白いじゃないか。ワタシはそういう駆け引きは好きだね。モイー君は昔から素直で読みやすかったからねえ、フフフ」

「良く言うよ。政策論の講義で我にボロ負けしたのは誰だったかね?」

「花を持たせてもらったことにも気付かないとは、可哀想な人だ」


 渡は爛々と目を輝かせるモイーとリュティエを前にしながら、くだんの水墨画を手に入れた経緯を思い返していた。

 今回の入手に関しては、かなり手間暇とお金がかかっている。


 非常に優れた芸術品は、手に入れるのが難しい。

 もちろん、十分な金銭と、所有者へのしっかりとした伝手があれば話は変わってくる。


 世界で最も高額な絵画取引は、ヴァン・ゴッホの『医師ガシェの肖像』という作品で、バブル期の日本で行われている。

 大昭和製紙名誉会長の齊藤了英さいとうりょうえいが一二四億円で落札した。


 ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』も一一九億円で落札し、自分が死んだら棺桶に入れて一緒に燃やして欲しい、などと発言し、ヨーロッパ各国から非難轟々を招いた人物で、度々傲慢な資産家として、いろいろな作品の登場人物のモチーフになっている。


 これは世界的に認められた稀少な絵画も、手に入れるのが不可能ではない、という証明になるだろう。


 とはいえ、近年では各国の稀少な文化財は、、との考えも強い。

 特に日本では国宝制度、重要文化財制度が用いられていて、文化財の保護に力を入れている。

 これらの文化財については、誰・何処が所有しているか、身許が明らかにされていた。


 これが意味することは、渡が金銭と人脈を駆使して水墨画の名画を手に入れたとしても、異世界で売り払うと後々大きな面倒を引き起こしかねないということだ。

 文化財の保護に力を入れている名士や政治家が事を荒立てる可能性は十分にあった。


 そこで渡は一計を案じる。

 国内の画商を利用して、所有が問題になるのなら、最初から海外で所有されている名画を探せばいいじゃない、と。


 渡は(できれば使いたくなかった)中東の王族のカードを切った。

 日本美術にもっとも大きな影響を与えた画聖とも言われる雪舟の、遣明時代の作品を手に入れてもらったのだ。


 雪舟は、中国で使われていた水墨画を日本に輸入しつつ、日本水墨画として独自技術を確立した人物だ。

 剣聖として上泉信綱の名が遺るように、画聖として雪舟の名は燦然と遺っていた。


 雪舟の作品は『天橋立図』をはじめ、国宝や重要文化財がずらりと並ぶ。

 そんな雪舟は、明国で学んでいた当時に、中国の風景画をいくつも描いていたことで知られる。


 雪舟のこれらの作品は、本来は手に入れてくださいと頼んで手に入る物ではない。

 ――ないのだが、そこは諸国に莫大な影響力を持つ中東の王族だ。


 あれよあれよという間に用意されていた、というのがことの成り行きだった。




 渡の前に、いま羊皮紙が二枚、裏返しにされて出されていた。

 渡としては、今回の最低落札価格は金貨一〇〇〇枚。


 それ以下だと地球換算で赤字が出てしまう。

 はたして、一度目でいくら提示されるか。


 渡はゴクリ、と唾を飲み込んで、ひっくり返りそうになる声を注意しながら、宣言した。


「えー、一回目の落札価格は……一一〇〇ゴルドです!」

「くっ、予想よりも積んできたな」

「いいよいいよー! あれえ、モイー君、見積もりが甘いんじゃないかい?」

「ふん! まずは小手調べよ」


 モイーの提示額は一〇〇五枚。

 まずは最低落札額に合わせて、ほんの少しだけ足した額だった。

 それに対してリュティエは大幅な増額をして、確実に取る意思を見せた。


 この時点で、リュティエはモイーがいくら提示したかは分からない。

 全然上回っているのか、あるいは少しだけ上回ったのか。


 この状況を前にして、モイーが同じぐらいの増額を狙うか。

 あるいは抑えてくるのか、読まなければならない。


 モイーからは、リュティエが金貨一〇〇枚分上積みしてきたという情報が手に入っている。

 この情報はそれなりに大きい。


 次はこの情報をもとに、リュティエの性格や資産を加味して、次の提示額を決めていくのだろう。


「それでは、二回目の落札価格ですが……一二三四ゴルドです!」

「むむっ……やるじゃないか。モイー君。ワタシの予想を上回ってきたよ……。でもそんなに上乗せしたら、財布が寂しくなるんじゃないかい?」

「ふん、我の府庫はまだまだ余裕だが? 三度目、これで最後だ。行くぞリュティエ! 金貨の蓄えは十分か?」

「大口叩いて負けたら可哀想だね」


 うーん、盛り上がってますねえ。

 渡はニコニコと笑みを浮かべながら、唸って提示額を悩む二人を見つめた。


 すでに最低額は回収できているから、落ち着いたものだ。

 脳に汗をかいて、相手の提示額を上回りつつ、支出は抑えようと悩む二人をニンマリとしながら見つめる。


 しかし絵画一つに十億円以上かける、その金銭感覚が渡にはまだ分からない。

 いつかは自分も、大金持ちとして途方もない金額が当たり前になるのだろうか。


 そんな気はサラサラしなかった。


「よし……決めた!」

「ワタシも決まったよ」

「泣いても笑ってもこれで最後です。お二方、よろしいですね?」

「ああ……。いや、大丈夫だ。やってくれ」

「うん……ワタシも問題ない」

「それでは発表します。三回目のより高額だった方は…………」


 渡はわざと言葉を切った。

 こういうのは焦らしたほうが、手に入った喜びも大きいはずだ。


 ぐぐっと二人の姿勢が前かがみになった。

 耳をそばだてて、渡の発表を今か今かと待ち構えている。


「一三五六ゴルド! リュティエ公爵に決まりました! おめでとうございます」

「や……やったあああああああああああ! ふ、フフフフフ! ワタシの勝ちだ! ハハハハハ! やったやった! またモイー君に勝ったぞ! この見たこともない水墨画はワタシのものだ!」

「ヌオオオオオオオオオオオオオッ!! またしても!! こ、この我が……!」


 両手を挙げて、ものすごく爽やかに笑うリュティエに対して、モイーは猛烈に悔しがっていた。

 前かがみになってググッと全身に力が入り、握りしめられた拳がプルプルと震えている。


 モイーの提示額は一三五二ゴルド。リュティエの提示額を一三五一と見積もったのだろう。

 リュティエの絶妙な読みが冴えを見せていた。


「悔しいが、負けは負けだ。ワタル、念を押して悪いが、手に入らないのだな?」

「はい。今回ばかりは、できかねます」

「トホホホォ……我のニューコレクションがぁ……」


 がっくりと首を折るモイーの顔は、これまで見たことがないほどに情けなかった。


「ニシシ、モイー、かっこわるー」


 エアが誰にも聞こえないような声でぽそっと呟いた。


――――――――――――――――――――

いつも応援ありがとうございます。


よ~やく調子が戻ってきました。

ほんと体がダルくって……。

更新頻度を最低週に二回は維持したいですし、コメント返しも積極的にしていきたいです。


そして、久々に近況ノートを更新しました!

【限定公開】逆バニーメイド・マリエル

https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16818093088617548763


描いて頂いたイラストがまだあるので、更新も少しずつ進めます。


また、応援よろしくお願いしますー!

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