第15話 他流試合 後
エアの持っていた鉄棒は、グワラン! と耳が痛くなるほどの轟音を上げて、ボキリと折れた。
鋳鉄は鉄の中では柔らかいが、かといってそう簡単に折れたり割れるものではない。
ギエンの怪力をマトモに受けとめたが故に、武器のほうがもたなかったのだ。
「~~~~~~ッ!!」
そしてギエンの方は、自分の武器を的確に受けとめられたことで手に甚大な痺れを引き起こし、ポロリと武器を取り落とした。
ガランガランとこちらも大きな音が道場に反響する。
汗だくに息切れ、肩で息をしているギエンは今にもぶっ倒れそうだが、その表情は全力を吐き出して、どことなく満足そうだ。
自分の実力を出し切るのは心地良いものだ。
負けた負けた。大負けだ。
そう諦めもついたことだろう。
模擬戦闘はエアの狙い通り、傍目には引き分けとなった。
本当の勝敗に気づいているのは、エアとギエン、そしてクローシェの三人だけ。
わっとギエンの弟子たちが歓声を上げて駆け寄った。
自分たちの師のこれまで見たことがない熱戦を目の当たりにしたのだ。
それに相手は有名なエアときた。
横柄なところがあっても、尊敬はされていたのだろう。
それより、クローシェにとっては、愛すべきエアが満足そうなのが嬉しかった。
相手の実力を引き出して、相手の有利な立ち合いで行った他流試合だったが、それでも得られるものは大きかったのだろうなと思う。
ギエンの弟子たちが冷たい茶を用意したり、汗を拭く手拭いを持ってきたりして、エアもその心遣いを受けていた。
クローシェもいただいたが、わずかに甘みのある味は、何らかの葉を漉した薬湯茶のようだ。
体の炎症を鎮めたり、痛みを抑えたりする作用があり、戦士に愛飲されるものだった。
まだまだ余裕を残しながらも、それでも汗をかき、わずかに息を乱れさせていたエアは、ゆっくりと呼吸を整える。
気息を整え、戦意をすっと鎮める姿は、もはや平時と変わらない。
久々に見た上気した姿は、同性であるクローシェからみても色気があった。
「ギエンっちの剣術って、やっぱり混戦時を主体に考えてんの?」
「おっ、わかるか。さすがは傭兵一族だな」
「わかるよー」
ギエンの剣は流麗さとは正反対の性質を持っている。
とにかく重い質量を、休みなく鋭く振り続ける。
一対一の道場剣法では分が悪いが、双方の兵士が入り乱れるような戦場においては、非常に強力に作用するだろう。
ギエンが兵士に向けて教えている目的から考えれば、休みなく次々と剛剣を繰り出す大熊流の剣術は相当に恐ろしく、合理的だ。
戦場で大いに活躍し、生存に役立つはずだった。
大熊族の膂力は、あらゆる獣人種のなかでも頂点に位置する。
適当にやっていれば、の適当は、ちゃらんぽらんではなく、その動きそのものがすでに最適解である、ということなのだろう。
「しかし、金虎族はみなお前さんのように力が強いのかね?」
「うーん、アタシは一族でも一番力も技も強いから。でも短時間なら十分対抗できると思うよ」
「そうか。侮りがたいな」
ギエンがむむむ、と唸ったのを見て、クローシェはなにがむむむだ、と思った。
エアお姉様は武神の寵愛厚い、世界で最強の戦士なのだ。
たとえ剛力自慢の大熊族でも相手になるわけがない。
そう、お姉様こそが最強にして至高の戦士!
クローシェが熱い目線でエアを眺めている前で、ギエンが痺れを取るために振っていた腕を、首元に添えた。
「お前さんの太刀筋は、首筋がヒヤッとするな」
「お、分かる? さすがだねえ」
「おっそろしい娘っこだ」
ギエンがもともと浅黒い顔を、さらに青くした。
同じ戦場刀法でも、エアたちが扱う金虎流は、戦い方がまったく違う。
傭兵団としての金虎族は、徹底的に斬首戦術を狙うのだ。
戦争は指揮する人間が倒れれば負ける。
相手も馬鹿ではないから、金虎族が表に出てきたら、敵将は周りを固めて奥に篭もろうとする。
だが、それで断念するような集団ではない。
どれほど守りを固めて罠を張っていても、時には見境なく逃げの一手を打っても。
それでも敵将の首を落とし、戦況を瓦解させてしまう。
それを可能とさせる種族としての優秀さと、鍛えた技能の数々があるからこそ、彼ら傭兵団は生き残り重宝されていた。
「おっかねえ奴らだな、金虎族ってのは!」
「別に戦い方が違うだけでしょ。アタシも大熊族と正面から戦場で戦いたくないもん」
「ふふん……まあ遠慮したいな。わしはもう戦場に立つのに倦んで、道場を開いたからな」
エアがギエンを認めていることに気づいて、クローシェは一方的に嫉妬した。
大好きなエアが、誰かを認めるのは、あまり見たくない。
すでに奴隷となったこの身だが、渡たちを除けば、エアの心は自分が独占していたかった。
そう、お姉様に一番認められるのは、このわたくしですの!
「ギエンさん、次はわたくしと勝負ですわ!」
「やれやれ、わしは疲れたんだがなあ……」
「疲れたも突かれたもありませんわ!」
錆びた腕を取り戻すという当初の目的も忘れ、クローシェは別の鉄棒を持つと、ギエンに攻めかかった。
お姉様にわたくしの方が強くて役に立つところをお見せしなくては!
◯
もともと黒狼族は速さとスタミナ、そして抜群の集団行動によって成り立つ戦闘種族だ。
ギエンが先ほどのように攻めたてると、力では劣るクローシェは相当に苦戦させられることになった。
これはひとえに相性の問題で、クローシェ本来の戦い方をすれば、より有利に戦えていただろう。
それでも実戦勘を取り戻すという目的は達成できた。
鍛錬後、持ち前のスタミナでピンピンとしているクローシェに対して、ギエンは疲労の色が濃いようだった。
もとよりエアに全力を引き出され、おまけに二戦させられたのだ。
その体にのしかかった疲労は相当に色濃かっただろう。
「そういえば……エア、お前さんがいるってことは、黒狼族のクローシェはあんたか」
「あら、わたくしの名も知られるようになりましたわね!」
「いや、どっちかと言えば、尋ね人がいてな。この前、心当たりがないか聞きに来たやつがいた」
「あら、どなたでしょう?」
「名前を何と言ったかな。そいつも多分、黒狼族だったな。片目の眼帯をしてるずいぶんと男前だった」
「眼帯……男前……あ、あわわわわわ……」
人物に思い当たったクローシェが、それまで意気揚々としていたというのに、途端にガクガクと体を震わせた。
耳がぺたんと垂れて、尻尾もしなしなと力を失っている。
蒼白になったクローシェと違い、エアは脳天気なものだ。
「それって多分クローシェの兄ちゃんだよね」
「はわわわ、そ、そうに違いありませんわ……! わ、わたくし急用を思い出しましたの! ちょっとこれにて失礼させていただきたいと――」
早く渡のもとに、いや、なんだったら自分一人だけでもゲートをわたって異世界に移動しても良い。
今ここで兄に会うのは避けたかった。
だが、異世界において『失せ人探しは犬種か狼種に訊け』という格言がある。
クローシェの優れた嗅覚は、この場に嗅ぎ慣れ親しんだ、家族の臭いを確実に捉えていた。
「失礼する。こちらに先日聞いた妹が来ていないか……おおっ、クローシェ! 会いたかったぞ!」
「ひえっ!」
クローシェの兄、クローデッドは道場に訪れると、クローシェを見て破顔した。
クローシェの強気な態度は鳴りを潜め、あわわと慌てると、助けを求めるようにエアを見る。
ところがエアは戦いに満足したのか、あくびをしながら悠々と伸びをしていたのだった。
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渡の描写を先にするか迷いましたが、ここで引きにした方が面白いな、と思って、二人を先に書くことにしました。
ついにクローシェの一族が出てきてしまいました。
次回は皆さんに期待をもたせながらも、渡側で。
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