第14話 他流試合 中

 ギエンは死を覚悟した。

 だというのに、実際の彼は生かされている。


「ひいっ、ひいいっ、ひい!」

「おおっ! お前すごい力だなあ! さすが大熊族!」


 ギエンは自分の流派を立てるだけあって、その実力はけっして劣るものではない。

 むしろ王都で道場を構えられるだけの力を備えた猛者の一人だ。


 大熊族は大力で知られる一族で、その膂力はあらゆる獣人族でも、筆頭の一つとして挙げられる。

 適当にやっていれば良い、というのは、怠慢でもなんでもない。

 そもそも種族としての身体能力を活かした剣戟は、相手の防御を吹き飛ばす威力を備えているがゆえのことだ。


 それが、通用しない。

 鍛錬用の鉄棒は、鈍い唸りを上げて次々に振るわれる。

 ギエンの顔には血が上り、多量の汗が吹きでて熱がこもったが、その胸中は冷え冷えとしていた。


 わしの一撃を軽く受け止めよる……!

 こんな、こんなことがあって良いのか!?


 そして、わしは、どうしてまだ生きている!?


 闘技場最強の戦士、金虎族の勇士エアは、ギエンの渾身の一撃を軽々と打ち払い、受け留めてみせた。

 ガアン、、、という鐘の割れるような大きな音が、叩きつける一撃の重さを物語っているというのに、小動こゆるぎもしない。


 わしの太刀筋は悪くない。

 むしろ長年の稽古もあって、一撃一撃は鋭く、無駄なく、最短を走っている。


 なのに……まったく届かん!


 恐るべき力、そして技の冴えだ。

 これが金虎族の身体能力か。

 その中でも最強と名高いエアの実力か。


 眼前を走り抜ける棒先を目で追いながら、なお楽しそうにエアが笑う。

 ニヤリとむき出しになった牙は、獲物を今にも食い破ろうとするかのような壮絶さだ。


「おおっ、良い太刀筋! 威力も速さも申し分なし! 怖いねえ!」

「ギエンさん素晴らしい一撃ですわ! お姉様も綺麗な受け流しでしてよ!」

「ぐああ! があ!」

「おお……お師匠様の技ってこんなにも鋭かったのか……知らなかった」


 エアが軽々と受けているが、その太刀筋はあまりにも鋭く、一見すればギエンが攻めたて、エアが防戦一方にも見えなくはないだろう。

 だが、ギエンは気づいていた。


「いいっ! こんな強い相手は久々だ! 滾ってきた……!」

「がああっ!」


 自分が技を出して・・・いるのではない。

 出させられて・・・・・・いる。


 叩きつけられる殺気、わずかに覗かせた隙。

 自分の膂力を、技を無理矢理に引き出される。


 すでに流派秘伝の技も曝け出した。


 そして、その力を余すところなく受けとめ、叩き伏せるエアの恐ろしさに、ギエンはどうしてこんなことになったのかと、恐怖を感じて続けていた。


 ◯


 エアが楽しくギエンと模擬戦を繰り広げているとき、渡は教会に訪れて困惑していた。

 教会の助司祭であるラスティは、ニコニコと非常に上機嫌で渡たちを迎えてくれた。


「どうも、渡様。お会いしてぜひお礼を言わせていただきたいと思っていました」

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「はい。準備の方はできております。ご案内いたしましょう」


 それ自体は別に驚きではない。

 これまできわめて困窮していた教会の運営は、渡の援助によって資金的にも物資的にも、相当助かったことだろう。


 すでに古くなって修繕の必要だった石畳や壁の一部は新しくなっていたし、絨毯や飾り布なども美しくなっている。

 なによりも、物理的な意味合いではなく、教会全体がほんのりと明るく見えた。


 珍しいことに教会にはすでに参拝者が何人か訪れて祈りを捧げていた。


 なにか、目がおかしいんだよなあ。


 渡は違和感の正体について、憶測を走らせた。


「さて、事前にもお伝えしましたが、これからお伝えする内容は、当教会の秘中の秘でございます」

「はい、存じてます」

「そのため、筆写をはじめ、内容を何らかの物理的、魔術的な保存は厳禁とさせていただきます。また、奥の間に入っていただくのは渡様おひとり。付き添いの方は控えの間でお待ち下さい」

「それも大丈夫です。な?」


 ラスティの言葉に渡は頷いた。

 視線を動かせば、マリエルとステラも深く頷きを返している。


「奥の間ではわたくしめが指導を行います。まだまだ未熟な身ではございますが、精一杯指導しますので、分からない点については、遠慮なく質問してください」

「あ、ありがとうございます」

「精一杯務めさせていただきますね」

「は、はい……」


 ラスティが渡の前にすっと距離を詰めて、目を合わせてウットリと言った。

 ほんのりと朱に色づいた頬。


 その目がどことなく熱っぽいのは、勘違いだろうか。


 ラスティは助祭という相当に高位の立場だ。

 渡が後援者として貴重な存在だというのは分かるが、なんというか、熱の入り方がずいぶんと違うように思えた。


 近しいものとしては、一時の信奉者となったステラのような……。


 って、そんなわけないか。

 渡はすぐに自分の考えを否定した。


 ステラは一族から虐げられていた中、渡に救われたからこそ、そこに信仰の光を見出した。

 ラスティはすでに時と空間の神ゼイトラム神に信仰を捧げている。


 渡に対して信仰心を持つ余地がない。

 ということはもしやこれは恋……?


 いや、それこそないな、などと考えを否定する。

 それこそほとんど初対面に変わらないのだ。

 恋だの愛だのと勘違いも甚だしいだろう。


 これこそゼイトラム神に神罰を食らいそうだと、渡は自分を戒めた。


 渡はラスティに手を引かれた。

 女の子の柔らかで、少しひんやりとした感触の手にゾクリとしたものを感じながら、二人きりで奥の間へと入る。


 そこには神像と祭具、そして分厚い経典があった。


「ようこそ、ゼイトラム教でも本当に一部しか入ることのできない、特別な間に」


――――――――――――――――――――


 ようやくゼイトラム神のところまで一歩進んだ。

 まだまだ先は長いんですけどね。


 渡は無事(無事?)ラスティと奥の間から出られるのか。

 そしてギエンはギエー!にならずに済むのか。

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