第13話 他流試合 前

 人と権力が集まる所に、また武芸者も集まる。

 自分の名を売り込むため、その技を伝えるために効率がいいからだ。


 王都都下には、大小様々な流派が一〇〇ほども道場を開いていた。

 何も知らないものが聞けば、多すぎるのではないか、と訝しむことも多い数だが、実際にはそうとも言い切れない。


 というのも、戦う対象が人を主とする兵士向けか、モンスターを倒す冒険者向けとしての技かで、まずは大別される。

 その上で、流派が得意とする種族が異なるからだ。


 大力、大柄な熊族と、小柄で非力な鼠族では、使う武器も、得意とするその技も大きく変わらざるを得ない。

 剣術、槍術、棒術、弓術など、それぞれの武器をそれぞれの種族毎に開発され、洗練されていく。


 そのため、その身の丈に合わせた道場をそれぞれが選ぶことになり、自然と道場の数も増えることに繋がっていた。


 エアとクローシェの二人は、王都の大広場から外壁寄りへと移動していた。

 中枢部よりも外壁近くの方が地価が安く、自然と広い場所を構える道場の数も増えるためだ。


 自分たちがどこの道場を訪れるべきかは、吟味しなければならない。

 まったく相性の違う道場にお邪魔しても、お互いの益にならない。


 エアの目が懐かしそうに細められた。


「この辺りで戦うのも久しぶりだなあ」

「お姉様は、闘技場で戦っていらしたのですよね」

「そうだよ。王都は人が多いから、よく来た」


 金虎族の剣闘士のエアといえば、この国ではよく知られた存在だった。

 あちらこちらの街に移動しては興行を開き、対戦相手を寄せ付けず、圧倒的に勝利する。

 ついには対戦相手に困るほどに勝ちを重ねた。


「正直なところ、誰が相手でも負ける気がしなかったかなあ」

「流石ですわね! お姉様の勇名は隣国にも広く伝わっていましたわ!」


 クローシェはエアの言葉を聞いて、鼻息も荒く興奮しているが、エアは落ち着いていた。

 それどころか、考え込んでしまう。


「でもさ、アタシは勝って勝って勝ち続けたのに、どうして奴隷に堕ちたんだろうなって、ずっと疑問だった」

「それは……お姉様は悪くありませんわ! 興行主の男の売り方が下手だっただけで」

「うん、それは間違いない」


 エアの先を見通すような人を見る目は、特定条件においては曇ることがあった。

 それは、相手が心変わりした時。

 そして、自分が考えを固執したときだ。


 興行主の男は、最初は完全にエアを歓迎していた。

 そこに二心を持っていなかったのは間違いない。


 エアのような強い戦士は、喉から手が出るほどに熱望していただろう。

 だが、興行の収益が悪化するにつれて、エアを持て余すようになった。


 そして、エアも自分の考えを、信念を曲げなかった。

 勝って何が悪い。

 強さを示して何が悪い。

 そう信じて、考えから柔軟性を失ってしまったのだ。


 ある意味では飄々とした軽さこそが、エアの一番の強みだったにも関わらず。


「最近、アタシはよくゲームしてるじゃん」

「え、ええ。そうですわね。対戦格闘ゲームに、FPSでしたっけ」

「あれってさ、現実と違って、誰が使っても同じ能力なんだよね。走る速さも、攻撃の速度も、体力も。使うキャラによって性能は違うけど、同じキャラを使ったら、誰でも同じ動きができる。後はプレイヤーの腕次第で、実力が変わる。それが楽しいんだよね」

「わたくしは見ているだけですけど、お姉様はたしかに楽しそうですわね」

「ゲームをしてるとさそういう平等な条件で戦う世界で、チーターっていうズルしてめちゃくちゃ強くしてるやつがたまにいるんだけど、すっごい理不尽だって腹立つんだ。でも、これってアタシたちの種族そのものだなって最近は思うんわけ」


 突然のゲームの話題にクローシェは困惑しながらも、エアは真面目な口調で話していることもあり、同意しながら先を促した。


「と言いますと?」

「アタシたち金虎族も、クローシェたちの黒狼族も、種族としてはめちゃくちゃ強いわけじゃん。身体能力的には優れない種族からしたら、勝って当然だと思う」

「それは否定しませんわ。むしろ、わたくしたち黒狼族にしてみれば、優れた種族ということは誇りですし」

「アタシも否定しないよ。金虎族に生まれてよかったって心から思える」


 エアが手をニギニギとしたかと思うと、爪がニュっと伸びた。

 魔力で強化した時、この爪は鋼鉄すらもたやすく貫き引き裂く。


 暗闇を見通す目、あらゆる足音を聞き逃さない耳、驚くべき柔軟性と平衡感覚、類まれな瞬発力と立体機動力。

 戦いの申し子に相応しい力を持っている。


「チーターを相手にすると、悔しいとかじゃなくて白けちゃうんだよね。アタシが働いてたところの興行主の男は、もっと手加減しろとか、わざと試合を長引かせろって言ってきたから、アタシは反発したんだ。一族の強さを示すのが、持てる力のすべてを発揮するのが、一族最強の戦士の務めだって」

「当然の考えだと思いますわ。むしろその男が浅はかです」

「でも、一族の強さを示すやり方も、なにもさせずに瞬殺ばっかりが手じゃなかった……。相手の実力を引き出して、その上で上回ってやればよかったな、っと今なら思う」

「たしかにその方が、見ていて楽しさはあるでしょうね」


 渡はエアの力をうまく活かしてくれる。

 自分だけですべてを決めず、意見を聞いてその上で決断する。

 その姿を見続けて、エアも考え方が少しずつ変わっていた。


「世の中には、いわゆる武力だけじゃない強さもある」

「そうですわねえ。いわゆる権力なんて、わたくしたちとは相性の良くない強さですし」

「主は、生物としてはすごく弱い。アタシが本気を出すまでもなく、一秒あったら殺せちゃうぐらい弱い。でも、そんな主がアタシを買った」

「まったく羨ましい話ですわ。わたくしもお姉様が売られているのを知ったら、すぐさま買い求めておりましたのに」

「そういう話をしてるんじゃないから」

「はい」


 話の腰を折るクローシェの返答に、エアがにべもなく切り捨てた。

 シュン、と肩を落としたクローシェを気にすることなく、エアは話を続ける。


「大切にしてた剣を貴族と交渉して取り戻してくれた時、この人は本当に強い人なんだなって思ったの。自分の身分を顧みずに、アタシのために全力で交渉してくれたのを見て、人の強さって武力だけじゃないなって分かった」

「ま、まあ私もあの人の包容力みたいなのは、認めてさしあげますわ」

「何照れてんのさ。別にエッチな意味で言ってないんだけど? クローシェってむっつりだよね」

「わ、分かっておりますわ! 照れたのはそういう意味じゃありません!」


 慌てて否定するクローシェの反応に、エアはニシシ、といつもどおり笑うと、いつもの飄々とした態度に戻った。

 王都を歩きながら話し続け、ようやく目的に合いそうな道場を見つける。


 大熊族が運営する兵士向けの道場だ。


「アタシは武力も、それ以外の強さも手に入れたい。だからさ、クローシェもちゃんと強くなってよ」

「お任せくださいな。わたくしはお姉様のライバルとして、いつでも立ちはだかって見せますわ!」

「運の強さは期待できないけどね」

「それは言わないでくださいまし!」

「さて、それじゃ腕試しにいくぞっ!」

「おー!」


 エアたちは意気揚々と道場に入っていく。



 広い道場は、天井も高かった。

 大熊族のギエンは、その悠々とした体躯から、剛力を誇り、武術家として大成した一人だ。

 自慢の力を生かした剛剣は技工を凝らしたものではないが――単純故に強い。


 最短を走る剣は相手に防御の余裕を与えず、反撃の機会を与えない。


「適当にやってればよろしい。それだけで相手は斃れる」


 ただただ果敢な攻めこそが、ギエン流の真骨頂である。


 その日もギエンは弟子を相手に乱取り、という名の一方的な攻撃を続けていた。

 弟子たちは三人組になって相手をしているのに、ギエンは反撃の糸口を掴ませない。


 息をつかせぬ連続攻撃を繰り広げ、受け手の弟子たちが吹き飛んだ。

 弟子は痛みと手の痺れに顔を歪めながらも、師の機嫌を損ねないように、必死に褒め言葉を吐き出した。


「さ、さすがはお師匠様です。強くて私では相手になりません」

「フハハハ、才能に恵まれん貴様らはもっと精進しろ。鍛錬が足らん。飯をたらふく食って力をつけろ」


 まったく、惰弱揃いの弟子たちばかりよ。

 もうちょっと骨がある者が欲しいものだ。


 ギロリと見渡すと、壁に並んだ弟子たちが飛び上がらん態度で震え上がる。

 ギエンは鍛錬相手を求めて声を上げた。


「わしを倒せるものがあるか? わしを倒せるものがあるか!? おらぬのか!?」

「ここにいるぞ!」

「なに!?」


 返事は期待していないというのに、鋭い応答の声が上がった。


 バン、と道場の扉が、大きな音を立てて開かれた。

 そこから現れたのは、丸い獣の耳、長い金髪、そして長い尻尾を持つ獣人の女だった。

 隙一つない立ち姿に、獰猛な笑みを浮かべている。


 その後ろを、同じように黒い女が続いていた。


 ギエンは女を睨みつけた。


 ……どこかで見た覚えがある。

 はたしてどこだったか。


「貴様何者だ。われの道場で不遜な。わしに名乗ってみよ!」

「誰だ誰だと聞かれたら、応えてあげるが戦士の情け。命散りゆくその時に、敵の名知らぬは恥よ。遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。金虎族のエアとはアタシのこと!」

「げえっ!? き、金虎族のエア!? どうしてここに!?」


 ギエンは過去に、闘技場でエアの戦いを見たことがある。

 圧倒的な強さ、そして一切の容赦なく対戦相手を叩き伏せる姿は、恐怖を抱かせるに十分だった。


 連戦連勝を続けるエアの対戦相手を探すため、興行主がギエンに声をかけてきたことがあったが、これを断った。


 いつか力自慢を求めてこの女と戦うことになれば、自分に命はない。

 命が助かっても、自分の弱さは知れ渡り、武人としての命脈は絶たれることになるだろう。


 ところが興行は破綻し、風のうわさでは、エアは奴隷に堕ちたと聞いてほっと安心していたのだ。


「あわわわわ。待てあわてるな。慌てるな待て。ここここ、これは他流のコーメイの罠だ」

「罠とかないし! ギエン殿、手合わせを願いでる!」

「ぐわー!」


 ギエンにとって良かったのは、エアの実力を見抜けるほどに強かったことだ。

 ギエンにとって不幸だったのは、エアの実力を見抜けるが、相手になるほどには強くなかったことだ。


 なまじエアの強さが分かるだけに、その恐怖も大きかった。


 叩きつけられる殺気!

 死ぬ、間違いなく自分は死んでしまう!

 スパーンと自分の首が切られて跳ぶ幻影をギエンはたしかに見た!



――――――――――――――――――――

というわけで他流試合の前編でした。

エアの神がかり的な運命への嗅覚、その陥穽について扱いつつ、エアの掘り下げも出来ていたら幸いです。


今回は真面目な話とネタ的な話がいっぱいになりました。

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