第12話 他流試合のお願い

 渡たちがウェルカム商会を去った後、王都に向かった。

 ゲートの存在に気づいている節のあるウィリアムだ。

 わざわざ南船町のウェルカム商会本店に訪れたその日に、王都支店に訪れることもあるまいと、渡たちは会うことはやめた。


 途中、ヴォーカルの店にだけ寄ってベーキングパウダーを販売した後、クッキーをいくらか購入して、教会に向かう。

 あれからも味の改良に努めているのか、サクサクとした食感のクッキーは、口の中で溶けるようでより美味しくなっていた。


 相変わらずというべきか、王都には多くの人が忙しく行き来している。

 純粋な人口で言えば大阪市内のほうが多いだろうが、王都は城郭都市ということもあって、土地が密集しがちだった。


 なんとなく慌ただしい雰囲気がするのは、何らかの騒動の影響か、あるいは行事でも待ち受けているのか。

 かつて偽物の砂糖売りがいた大広場を抜けて、教会まで後少し、というところで、エアが話しかけてきた。

 その態度が、少しおずおずとしている。


「主、ちょっと良い、ですか?」

「おう、どうした? そんなにかしこまって」

「主が教会にこもってる間って結構長くなるんだよね?」

「その予定だ。できるだけ早く覚えて終わらせたいけど、そう上手くはいかないだろう。遅くなっても夜になる前には引き上げるつもりだけどな」

「アタシとクローシェなんだけど、その間だけでも、ちょっと離れて動いていいかな?」

「そりゃ構わないが……。大丈夫だよな、ステラ?」

「はいぃ、わたしがしっかり警護いたしますわあ。出入り口を固める形ですけど」

「勉強する場所はステラも入れないみたいだからな。で、めずらしいな。どうかしたか?」

「うん……」


 ステラの実力は、エアとクローシェも認めている。

 危険地帯をウロウロとするならともかく、訪れる人すらほとんどいない教会に滞在する間、ステラが護衛してくれるなら問題ないだろう。


 だが、これまで長らく一緒に行動していたエアとクローシェが別行動したい、というその理由が気になった。


 エアがこちらの顔色をうかがうように、チラッと上目遣いになっている。

 普段のキリッとした顔も格好いいが、こういうときは可愛らしさを感じる。

 ピクピクっと震える虎の耳とか、時折振られる尻尾の動きが、不安そうだ。


「せっかく王都まで出てるし、鍛え直したいなって思って。普段の鍛錬だと、クローシェと、最近はステラも増えたけど、同じ相手ばっかりじゃん。どうしても感覚が鈍っちゃいそうで、今のままだとダメな気がする」

「主様が今後いろいろな人物に狙われる可能性があるということで、わたくしたちも鍛え直す必要があると感じていますの」

「まあ、今も防諜対策をしているぐらいだからなあ。まさかあれほどの巨額ビジネスになるとは思ってなかった」

「そうそう。いざという時に、鈍ったままじゃ、遅れを取るかもしれないじゃん」


 頭の痛い問題だった。

 渡のビジネスが巨額を動かし、多くの者の欲を刺激する以上、良からぬ考えを抱く人間も出てくるだろう。

 実力行使に出てきた場合、少人数であればエアたちは難なく制圧できるだろうが、これが大人数となればどうだろうか。


 また、渡たちが海外へと渡航した時に狙われれば、その危険性はもっと跳ね上げる。

 相手が銃火器を使用する可能性を考えれば、相当な危険だろう。


 その時に頼りになるのは、たしかにエアたちの実力だ。

 鈍っていると言われれば、そのままにはしておけない。


「それは分かったが、どう活動するつもりなんだ? 前みたいに冒険者? として動くつもりか?」

「ううん、ちょっと道場で腕を借りようと思って」

「それは……道場破り的なやつか?」

「違いますわ! そんな物騒なものじゃなくて、ちゃんと胸を借りるつもりですのよ」

「他流試合を受け付けてる道場も王都なら多いから、そういうところでちょっと試合をさせてもらって、感覚を取り戻したいんだ」

「それならまあ……良いのかな?」


 たった半日やそこら、別行動したところで、問題が起きるとも思えない。

 それに、突飛なことをしでかすクローシェはともかく、エアは押すべき時と引き際の見極めに関しては、独特な嗅覚を持っている。

 そう大事にはならないだろうし、そもそも今後、まったく離れずに行動し続けるのも、また違うだろう、と思った。


「道場破りとかじゃないんだな?」

「だから違うって! アタシたちだってちゃんと・・・・するから」

「おーっほっほっ! わたくしたちの鍛錬の結果をいつかお見せしますわ!」

「……分かった。じゃあ安心して、俺は教会で勉強してくるよ」

「ありがと」

「感謝いたしますわ!」


 嬉しそうにはにかんだエアと、自信満々に高笑いするクローシェの対象的な姿に、思わず笑ってしまう。

 本当はその実力が発揮されない未来のほうが良いのだが、と思いながらも、あえてクローシェのやる気を損ねる必要はないと思って、渡は黙った。


 まさかたった数時間後に、あんな大きな騒動を巻き起こすことになるとは、渡は予想していなかったのだ……。


――――――――――――――――――――

今回の更新もちょっとゆったり気味なのですが、次回からこれまでの伏線などを回収しつつ、新展開も含めてぐぐっとスピードを増すと思います。

書きたいことと、進めたいことが結構目白押しです。

お楽しみに。

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