第11話 ウェルカム商会の苦難

 渡たちが日本から異世界に移動する時には、必ず商品を持ち込むようにしている。

 在庫補充が大変なため、わざわざ移動する貴重な機会を、一度でも無駄にはしたくないためだ。


 台車をゴロゴロと押して、大量の砂糖と珈琲豆を運ぶ。

 そうして倉庫に運んだものを積んでおき、後はウェルカム商会の者がそこから必要な量を受け取るのだが、今回は少し勝手が違った。


 倉庫の連絡用ボックスに、ウェルカム商会から連絡が届いていたのだ。

 残念ながら不在の間が続いたためか、一度南船町に帰っていたウィリアムは、再度王都に舞い戻ったらしい。

 先日は婚礼の品を用意するのに多忙を極める日々を送っていたのが、まだ完全には終わっていないらしい。


 渡がウェルカム商会に顔を出したときに、妻であるサンディが迎えてくれた。


「うちのウィリアムは今、王都に控えて、タンレフに代わって支店を経営しております」

「そうですか。ついに納品に向かうんですね」

「はい。しばらくは大切なお客様である渡様にも、応対が難しくなること、主人に代わりましてお詫びします」

「そんなに気になさらないでください。俺なら大丈夫ですよ。まあ、うちのエアなんかは、いつもの出迎えの声がなくて物足らなさそうですが」

「フフフ。お気に召していただいて何よりです」


 サンディがおっとりとした態度で笑う。

 目尻に涙ボクロのあるサンディは、三十代半ば。

 ウィリアムがまだ個人商店を開いた時から側にいて支え合った、いわば糟糠の妻と呼ばれる存在だ。

 夫が不在の時は、ウィリアムに代わってウェルカム商会の指揮を執っていた。


 南船町は本店ではあるが、貴族との商談が中心になる王都支店は、よほど信頼の置ける人物でなければ任せられないだろう。

 もっとも信頼している、家宰であるタンレフが他国への輸送任務についている以上、ウィリアムが先頭に立つしかなかった。


 特に一代で急成長を続けているウェルカム商会は、何代もわたって規模を拡大してきた他家と違い、難しい判断を任せられるほどの人材が多くは育っていない。

 どうしてもトップであるはずのウィリアムが即断即決を続けなければならなかった。


「主人は渡様と出会ってから、以前にも増して楽しそうに日々を過ごしています。本当にありがとうございます」

「こちらこそ、ウィリアムさんに出会わなければ、今はなかったと思います。信頼できる人に販売をお任せできて、本当に助かってます」


 サンディが真剣な態度でお礼を言ってきて、渡は驚いた。

 たしかに躍進の理由にはなっただろうが、それはウィリアムが人を選ばず誠実に商売に励んでいたからだ。

 お礼を言わなければならないのは、渡の方だろう。

 右も左も分からない渡からボッタクるわけでもなく、適正な仕入れ価格を提示して、それをより大きな儲けに結びつけたのだ。


 ウィリアムたちには成功して幸せな日々を過ごしてほしいな、と心から思った。


「それはそうと、主人からお連れの方のお召し物について、ぜひ購入いただきたいと聞いています」

「うげっ……あの人、冗談じゃなかったのか」

「うふふ、商売人にとって口約束は契約ですよ」


 王都で話した内容をあらためて出されて、渡は一瞬だけ苦い顔を浮かべたが、結局買い物そのものは拒まなかった。

 マリエルたちに服を買ってもらうのも、必要なことだ。

 ただ、四人分ともなると非常に長丁場になりそうだと、渡は覚悟を決めた。


 ◯


 急報が届いた。

 渡がサンディに商談営業を受けている間、王都ではウィリアムが蒼白な表情になっていた。

 急使として不眠不休で駆けて、ようやくたどり着いた男、部下のランドリーをソファに休ませてやりながら、砂糖水を用意してやる。


 男は息を荒げていたが、出された砂糖水を飲むと目を見開き、そしてゆっくりと飲み干していった。

 ランドリーは疲れ切っていただろう。

 頬はこけ、激しい疲労に顔色悪くしていたが、それでも目だけをギラギラと輝かせながら、必死の形相でウィリアムを見つめている。


 一刻も早く休ませてやりたいが、それでは駆けに駆けてきたランドリーの貴重な情報を聞けない。

 まずは冷静に報告して貰う必要があった。


「無理はしなくて結構です。ゆっくりと、落ち着いて報告してください。輸送が失敗した?」

「はい……。東部中央道を進み、ターコイズ領に差し掛かる辺りで、急な襲撃にあいました。護衛として雇っていた傭兵隊は防衛に当たりましたが壊滅しました」

「…………」


 ウィリアムは言葉を失った。

 今回は運ぶ荷物が荷物ということもあって、腕利きとして有名な傭兵部隊を二つも雇っていた。

 普通の賊なら、その威容を見ただけですぐに襲撃を諦めるような防衛規模だ。


 それが相手にもならず壊滅したなどと、にわかには信じがたい報告だった。

 一体どんな相手だというのか。


「……モンスターの襲撃ではなかったのですね?」

「違います。相手は人だと思います」

「それで、商品とうちの働き手は? 無事なのですか?」

「……商品は強奪され、商会の従業員はたぶん、オレみたいな例外を除いて全員が亡くなりました。タンレフ様も指揮に当たっていましたが、生死不明です。おそらくは……」

「あなたはその時何をしていて無事だったのですか?」

「オレは、タンレフ様に言われて後方の斥候にあたっていました。かなり遠くも一応警戒しておこうと離れたことで、襲撃を逃れることができました。でも……誰も生き残ってません……。オレ、もしかしたら生き残りがいるんじゃないかって、襲撃跡に戻って、声をかけて捜したんです。でも、誰も、誰一人オレの呼びかけに応えなかった。あいつら、きっと一人も生きて帰すつもりがなかったんです!」

「そう、ですか……」


 ランドリーが嗚咽をあげて号泣し始めた。

 ウィリアムは、急に全身が重くなるように感じた。

 頭が重く、考えがまとまらない。


 膨大な資産をかけて用意した婚礼の品が強奪された。

 商会を畳むことになってもおかしくない打撃だ。


 なによりも自分を信じて付き従ってくれていた部下たちを失ったことが、胸を痛めた。

 一人ひとりの顔が思い浮かび、消えていく。

 タンレフを始め、オッド、ガッツ、ウェイド、サンタン、誰もかれも誠実な部下たちばかりだった。


 もう、二度と会うことはできない。


 悔しくて、歯がゆくて噛み締めた唇が破れ、血が溢れた。

 ジクジクとした痛みが走るが、死んだ部下たちを思えば、こんな痛みが何ほどだろうか、と思った。


 商会の長として冷静な部分が、この損失をどうやって収めるか、一体誰がどんな目的で罠に嵌めようとしたのかを考えていた。

 そんな冷徹な自分の思考も嫌になる。


 婚礼先のシャウ家が? あるいはエッセン家が?

 だが、あまりにもあからさま過ぎる・・・・・・・・


 これではどうぞ疑ってくださいと言わんばかりだ。


 あるいは、そうして敵対派閥に痛手を与えたい、別派閥のものか。

 ウェルカム商会の台頭を許したくない、別の商会の可能性も大いにある。


 目撃者を残さないために、一人残らず皆殺しにしたのだろう。

 なんというおぞましい考えだろうか。


 そもそも、なぜ輸送がバレたのか。

 慎重に部隊を分けて、時期とルートを分散させて、特定できないようにしていたはずなのだ。

 内部に裏切り者がいた?


 考えることが多すぎて、うまく答えが出せなかった。

 ウィリアムにとっては、もっとも長い夜がはじまった。



――――――――――――――――――――

重い話になってしまいました。


さて、今回はエアのイラストが届いたので、特別に皆様に近況ノートにて公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16818023213942096120


すごく良くないですか?

これで重苦しい空気を払拭できると良いのですが。


イラストは、カクヨムのリワードを使って依頼しています。

皆さんのPV数やギフト、レビューが作者のモチベーションだけでなく、こうしてイラストにもなっています。


ドシドシ読んで、評価やギフト、紹介もよろしくお願いします。

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