第10話 山の魔術対策
ステラは注目されることに慣れていない。
渡たちのもとで生活するようになって信頼関係はできたが、それでも長年染み付いた虐げられた記憶からか、多数からじっと見つめられると緊張するようだ。
それが分かっているからか、エアもクローシェも少し離れて座った。
ステラは手元のコップに目を落とし、何度か呼吸を落ち着けてから、話を始める。
「では、魔術具について、おさらいしておきましょうかぁ」
「頼む」
「貴方様の目的を考えると、方法は二つあります。一つ目の候補が、人除けの魔術具です」
「どういうものなんだったっけ?」
「私たちは目的地に行くまでの間に、だいたい何通りかの道筋の中から、無意識に選んで向かいます。このルートは、通い慣れればなれるほど、同じ道を選びやすくなりますよねぇ」
「ああ。俺たちがお地蔵さんの所に向かうときも、だいたい同じ道を使ってるな」
信号待ちの関係で別の道を選ぶときでも、特別な理由がない限りは、およそルートは数パターンに収束されていく。
わざわざ理由もなく遠回りする人間は、散策そのものが目的でもない限り、まずいない。
本能的に、無駄な労力を減らし、可能な限り低コストで移動をしようとする人の本能。
人除けの魔術具は、その本能に働きかけるのだという。
「なんとなく立ち寄った人に対しては、魔術具を設置した道を選ばなくなる。これがおおよその効果ですねえ。」
「迷い込んで入ってくることがなくなるわけだ。じゃあ、例えばそこに自分の家があったりする場合はどうなる?」
「最初からその場所に向かう目的がハッキリとしている場合には、効果はありません」
「ということは、俺たちの山を探ることを目的としている場合、目的地がそこだから、効果がないわけか?」
「そうなりますねぇ」
人の山にたまたま入り込む人がどれだけいるのか、という疑問はあるが、実際は登山家やキャンパーが人の私有地に入り込むケースは少なくないようだ。
そういう人からの露見を防ぐ、という意味では効果的。
だが、産業スパイを防止するには役立たないことになってしまう。
「ないよりは有ったほうが良いだろうが、必須かと言われると難しいな」
「二つ目が、効果の強力な認識阻害の魔術具を併用して、目の前を通っているけど、認識できないようにする場合もありますねぇ」
「ご主人様、錬金筋を思い出してください」
マリエルに言われてピンときた。
「ああ。あそこはマリエルに案内してもらわないと、行くことすらできない場所だったっけ」
「はい。強力な認識阻害の魔術結界が張り巡らされていたためです」
「効果を聞く限り、畑周りだけでも認識阻害の魔術具は使っておきたいな」
「山全体で使うよりは、よほど効率的ですね」
道から山に入れるいくつかのルートで、人除けの魔術具を設置する。
そして認識阻害の魔術具は、畑周りに設置する。
この方法が良いのは、実際に畑仕事に従事する人たちは、認識阻害の対象にはならないことだ。
良い方法だな、と納得した。
「ただ、これも万能というわけじゃないんです」
「どういう欠点があるんだ?」
「不意の衝撃とかで、阻害が解けてしまうことがあるんですぅ……」
「不意の衝撃?」
「たとえば店の前に置いてある商品につまづいて、転倒したり、とかが分かりやすいですかねぇ。本来は個体情報として認識できないだけで無意識に避けるんですが……いざ本能が周りに注意を払うようになると、意識してしまうことがあるんです」
ふうむ、と渡は唸った。
どれだけの確率で、そんな不意の事態が発生するものだろうか。
非常に稀であることは間違いない。
だが、確実とも言えない。
悩む渡に、ステラがオドオドとした態度で答えを待っている。
「まあ、そこまでリスクを考えても仕方ない。あらゆる対策を万全にすることは不可能だからなあ。これはステラでも作れるんだったか? 俺の護衛のために作ってくれたのも、たしか認識阻害だったよな?」
「作れますけど……畑を隠すような強度だと、結構時間がかかりますし、素材もお金がかかっちゃいますねぇ」
「素材とお金は稼いで手に入るなら、何とかなるだろうが、やっぱり効果が強いほど、貴重になるんだろうな?」
「ええ。錬金筋や魔法使い通りは非常に強力なものが使われてます。そこまでのレベルの物だと、先ほどのたとえだと転倒しても自分の足に引っかかったかなって勘違いしてくれたりするんですけど……わたしが作るのが大変ですぅ。スミマセン……」
「いや、謝らなくて良い。ステラには付与の品にポーションにって頼り切りだからな。外注できるならしたいところだが……」
渡の言葉にステラが首を横に振る。
本当に申し訳無さそうな声で、ポツポツと理由を話した。
「相当難しいと思います。市井の魔術具店や錬金術師の工房では断られるんじゃないでしょうかぁ」
「そうなると手詰まりだな。ステラが優先すべきなのは、間違いなくポーションの量産だからなあ」
「手がないことはないんですけどぉ……気が進みませんねえ」
「ダメ元で聞いておくけど、その手ってのは?」
「わたしの生まれ育った、エルフの隠れ里に頼るという方法です」
「それはないな」
渡は即断した。
ステラに酷い扱いをして、とんでもないトラウマを刻んだ相手だ。
たとえどれだけ事態が切羽詰まっても、彼らに協力を仰ぐことはないだろう。
そんなことをするぐらいなら、玉砕したほうがマシだ。
物理的な壁を作るのが、やはり最優先だろうか。
できれば、物理的な遮断だけではなく、魔術的な対策も施せるなら施したい。
それに可能ならばゲートの設置についても学んで、瞬時に移動できるようにもしたい。
「となると、あなた様の力で魔術具を学んでいただくのが一番かもしれませんねえ」
「できるならやるけど、できるもんなのか……?」
「もちろんです。わたしが手取り足取り……はぁ……はぁ……教えさせていただきます」
「おい、お前いま卑猥なこと考えただろう! 急に顔を赤くしてるんじゃない!」
「…………ふぅ……いいえ、わたしは極めて冷静です。貴方様の場合、神の寵愛がありますから、もしかしたらすごいものができるかもしれません」
「マジかよ。ちなみに、どれぐらい勉強が必要なんだ?」
「そうですねぇ……初学者を抜けるのがざっと五年みっちりとやれば――」
「却下」
渡たちは『芋狂いの男爵』や『チョコレイ党の教授』といった身近に錬金術師に造詣が深く、強力な権利を有している存在に頼る、という考えは思い浮かばなかった。
自分たちでなんとかする、という視野の狭さが、渡の今の若さと経験の少なさの弊害だっただろう。
――この時はまだ。
――――――――――――――――
まあ、この未来はないのですが、渡が本気で錬金術師として学べば、神器を作れる未来があるんですよね。
最近は毎日のようにギフトを頂き、馴れてしまいそうな自分をいけないな、と初心忘るべからずと言い聞かせております。
人様の好意を当たり前と思うようになると人間終わりですからね。危ない危ない。
いつも応援ありがとうございます!
また、昨夜はレビューを頂きました。
https://kakuyomu.jp/works/16817139558647104923/reviews/16818023213807895411
もう70万字突破してるんですが、いまだに一気読みしました、という声を時折いただいて、嬉しく思っております。
今後もより面白くなるように頑張ります。
応援よろしくお願いいたします。
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