第09話 防諜指南③
高級なマンションでは、背の高い外壁が巡らせられ、キーカードや住人からの認証がないと通れないオートロック付きの防犯性能に優れたケースが少なくない。
レイラの考えも自分たちの住んでいた宮殿や豪邸を考えれば、ごく自然と導き出された回答だったのだろう。
とはいえ、この考えには渡でもすぐに思いつく問題点がいくつかある。
「でも、問題がないわけじゃないですよね? まず山を壁で囲むって、目立ちすぎません?」
「まあ目立つでしょうね。でも、あなた方の新薬が世の中に出たら、最初に個人所有した山なんてものすごく注目されるでしょうから、今更では?」
「それはそうですが……。それに、防壁を作ったからって、侵入する者が出ないとは限らないんじゃありませんか? 俺、超高級マンションで、屋上からロープを伝ったり、壁をよじ登ってベランダから侵入してくる犯罪者が結構いるって聞いたことありますよ。うちはそのための対策もしてます」
「それはそうですよ。大金に目がくらんで、一部は無理してよじ登ろうとする者が出るかもしれません」
「じゃあ、すごい工費をかけて防壁を作る意味がないんじゃ?」
「それでも、不法侵入は明らかです。たまたま山に迷い込んだ、なんて責任の所在をあやふやにはできない効果があります。非合法な手段に訴える者たちも、可能な限り言い訳の余地は残しておこうとするものですが、それを潰せるのは大きいですよ。ちなみにうちの国なら、まあ内部侵入者は即射殺ですね。この国はそういう無茶はできなさそうですけど、大半の者には牽制になるでしょう」
サラリと述べられた言葉に、国と文化の違いを強く実感させられる。
レイラの言葉には誇張や気負いは一切感じられず、当然のことといった様子だった。
ごくたまに抗争中の暴力団が塀の中のほうが安全だ、などと軽犯罪で入獄することがある日本とは大違いだ。
「あ、渡さんが我が国で栽培地を決められた時は、進入禁止区域に設定して、スパイ対策はそれこそ厳密にしますので、安心してください」
「うわあ、すごくあんしんだなあ」
一体どんな防犯対策が行われるのか、想像するのもはばかられた。
正規ルート以外に地雷が埋められていても驚かないぞ。
ただ、たしかに生半可な覚悟では、高い防壁を乗り越えてまで入ろうとはしないかもしれない。
週刊誌記者や新聞記者にそこまでする覚悟があるのか、と考えると、たしかに悪くない手だ。
「渡さんが施工業者を信用できないようなら、国から技術者を呼んで、全幅の信頼を置いている者にやらせても構いませんよ。一考してみてください」
「分かりました。考えてみます」
「さて、本当はもっとゆっくりしたいところですが、今日はこれで失礼させていただきます」
「忙しそうですね」
「急な来日でしたから、手続きや挨拶回りが多くて」
一国の王族の一人ともなれば、挨拶を欠かすわけにもいかないのだろうか。
残念そうに目を伏せたレイラだが、思わずうっとりとしてしまうほどの、極上の笑顔を浮かべた。
「今度、また約束してたたこ焼きパーティーに招待してくださいね? 私、これでも楽しみにしているんです」
「分かりました。準備しておきますよ」
はたして異国の地の、舌の肥えた王族の女性が気に入るかは分からないが、しっかり準備をしておこう。
マリエルにそっと耳打ちされたこともあって、念のため一階にまで一緒に降りて、護衛との合流を見届けた。
タン色、あるいは褐色の肌をしたムキムキの大柄な男たちが、レイラを見ると笑顔を浮かべ、渡たちに頭を下げる。
異様な光景に萎縮しそうになるが、レイラは自然体でいるため、渡もできるだけ平然とした態度を崩さなかった。
ゴツそうな外車に乗って離れていったレイラたちを見送った渡たちは、自室に戻って、再度テーブルを囲んだ。
「さて、レイラさんが帰ったから、俺たちだけの話をしようか」
「あら、提案を鵜呑みにされないんですね」
「当然だろう? あの人はあくまでもアドバイザーであって、決めるのは俺たちだからな」
渡の言葉に、マリエルが同意を示す。
彼女は確かに現代技術において、防諜には詳しいだろう。
だが、渡たちには同時に異世界の知識、技術というカードがある。
このカードをどう切るか、が重要になってくるだろう。
「それで、エア、クローシェ、レイラさんが俺たちに何らかの悪意を持っているってのはなかったか?」
「うん、ないと思う」
「わたくしからも、感じられませんでしたわ。むしろ誠実な対応を取っておりましたわ。短期的な成果よりも、信頼を築いて長期的な関係を結びたいのでは?」
レイラ自身が言ってくれたことだが、安易に自分たちのテリトリーに人を招いたのは良くなかった。
表にポーションに関係するものは置いていなかったが、監視カメラなどを
「二人ならタイミングを間違えないと思うが、不審な気配を感じたら、早めに知らせておいてくれ」
「分かった。クローシェは早とちりしそうだから、アタシに任せて」
「ちょ、そんなことありませんわ! わたくしもこれでも護衛関係は厳しく教育されましたのよ!」
「まあこれは冗談。クローシェは情けないところはあるけど、傭兵としての技術はホンモノだから、信頼して良い」
「ぐふっ、お、お姉様ぁ……やっぱりなんだかんだ言って、わたくしのことを……」
クローシェがよだれを垂らしそうなほど嬉しそうな笑みを浮かべる。
相変わらずエア命なところがあるんだよな。
「ということは、ここで内密な話をしても聞かれることはないかな」
「うん、大丈夫だと思う」
そう言いながら、エアは窓から外を眺めた。
その目が、耳が外の気配を窺っている。
「外壁を設けるかどうかは、祖父江さんの意見も聞く必要があるが、先にステラの意見を聞いておかないとな」
「魔術的な人除け、排除は彼女のお手の物でしょうからね」
渡の言葉に、マリエルが頷いた。
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展開がスローペースですねえ。
だけど、こういう細かい所にこだわるのが今作なのです。
さて、土日更新がない間にも、ギフト、そして評価いただいてありがとうございました。
今週は金曜日が祝日だし頑張るぞ。
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