第08話 防諜指南②

 レイラの防諜についての授業が始まった。

 テーブルを挟んで座る渡だけでなく、マリエルもエアも、クローシェも真剣な顔をして、耳を傾ける。


 今後のことを考えれば、とても重要な内容だ。

 異世界の技術とは言え、量産するということはそれを現代技術に置き換えるということであり、経済スパイへの対策は怠れない。


 レイラはそんな反応を前にしながら、落ち着いた様子だった。

 唇はわずかに弧を描き、笑みを形作っている。

 血色の良い唇が開かれ、心地いい音色の声で、言葉が吐き出された。


「防諜で大切なのは、他人を自分のテリトリーに侵入させないことが肝心なの。渡さんが私たちの家に訪れたときも、プライベートエリアには基本的に入れなかったでしょう?」

「そうですね。あくまでも来客用の空間を行き来してました。治療中は別ですけど」

「あの時はダーウードが動けなかったし、あの子があまり表に出たくなかったから本当に特例だと考えて。親族以外はまず入れない場所よ」

「なるほど、あくまでも例外だったんですね」

「そう。盗聴器の類やハッキングを仕掛けるにしても、外部から行うのと、侵入して行うのでは容易さがまったく変わってくるわ。今の盗聴器やカメラは本当に小型化しているから、設置されたら気づきづらいし、探すのは大変なわけね。だからこそ、そもそも人を入れないことが一番の対策なのよ」

「いきなり減点扱いされた理由が分かりました」

「これが盗聴器やカメラの実物よ」


 レイラが盗聴器やカメラの実物を見せてくれたが、本当に驚くほど小さかった。

 そういえばボールペンのようなカメラやボイスレコーダーがあるのだったか、と渡は思い出した。


 コンセントに挿して長期的に作動するタイプや、テーブルや家具の隙間に貼り付け、電波を出し続けるものなど、用途に合わせて使い分けるらしい。


「なんでこんな物を持ってるんです?」

「あら、講義のためにわざわざ用意したのよ? 感謝してほしいぐらいなんだけど」


 渡の疑問を、疑われてると勘違いしたのか、レイラが眉をひそめる。

 レイラ一人なら誰かがいつも見ているだろうが、それでも一瞬の隙を突いて、盗聴器を設置できる可能性は十分にあった。


「人と会う時は外で会うこと。プライベートエリアには人を入れない。これが基本的な対策かなあ」

「これからはそうします。でも、レイラさんの一家は使用人とか、護衛の人が働いていますよね。それは問題ないんですか?」

「もちろん対策済みよ? 基本的には一族郎党しか雇っていないの。特に機密性の高い部署では、何代もわたって裏切ったりしていない、信用できる者だけで固めてるわ」


 はあ、と溜息が漏れた。

 同時に、自分では到底できないレベルの話だ。

 それでもなお定期的に盗聴器のたぐいのチェックは欠かせない、とレイラは言った。

 見慣れないコンセント用具、普段なら調べない家具の裏や隙間、そしてそういった盗聴器を調べる機械を使っているらしい。


 山の管理人を探すときにも痛感したが、渡には何があっても自分を絶対に裏切らない、と思えるような相手がいない。

 それこそマリエルたちと祖父母ぐらいだ。

 信用も信頼もしているが、彼女たちばかりに任せるわけにもいかなかった。


 一族同士で婚姻を重ねて、血縁関係で紐帯を固める、というのは日本でも江戸時代ぐらいまでなら当然だっただろうが、令和の今、また都会ぐらしの平民である渡には縁の遠い話だった。

 むしろ渡の資産を知れば、金の無心にくるだろう遠い親戚が思い浮かんで、苦い気持ちになった。


「俺みたいに、信頼できる業者がいない時はどうすればいいですかね? レイラさんの家だって、どうしても専門的な知識や技術が必要で、一族だけじゃ賄えないこともあるんじゃありません?」

「何らかの業者が入る時は、誰かが立ち会うだけでも、余計な動きをだいぶ防げるわ」

「ああ、なるほど。コソコソできるタイミングを起こさないわけですね」

「あとは全部を疑っていたらきりがないけれど、誰かの紹介なら、その紹介元はちゃんと責任を負ってもらう、その心づもりをしているだけでも、かなり変わってくるんじゃないかしら?」


 そういえば、祖父江が信頼できる業者を紹介すると言っていた。

 本当に何かあったときには、その責任を追求しよう。

 ファイサルやアミールの話なら、ポーションは何兆、何十兆円もの経済効果が見込める商品なのだ。


 その価値にいち早く気づいていただろう祖父江ならば、下手なことはすまい。

 そういう気持ちと、だからこそ誰よりも出し抜いてでも情報を求めるのではないか、という気持ちが湧いてくる。


「その他にも、今後の生産体制を整えるときには、全容を把握させるんじゃなくて、あくまでも部分的にしか関わらない社員を増やすことね。過程の一部だけが分かっても再現は難しいでしょうから」

「本当に重要な情報は一部の人間だけが触れるようにするわけですね。はあ……そうしてみます」


 中々人を素直に信用できなくなりそうで、嫌な気持ちになった。

 そんな渡の内心に気づいてかどうか、レイラが目で笑う。


「後は貴方さえ良ければ、強力な味方を増やすって手もあるけど……」

「いやあ……そのためにってのは、俺の性格に合わないですかね。レイラさんが魅力的な女性なのはたしかですけど」

「あら、これは引っかからないか」

「その手には乗りませんよ」


 残念そうにツン、と口を尖らせるレイラだが、その目は反応を楽しそうに伺っているようだった。

 まったく、隙あらば誘惑しようとしてくるなんて、気の抜けない人だ。


 それとも本当に異世界から奴隷を大量に引っ張ってくるか……?


「これはすぐに調べれば分かることなんで言うんですが、俺が購入した山に、人が侵入できないようにする方法って、なにかありますか?」

「山ねえ……侵入経路が多すぎるのが問題よね」


 渡の購入した山は当然だが、別の山と地続きになっている。

 ステラによる人除けの術式を行ってもらうつもりだが、これも効果範囲や影響を及ぼす度合いにおいて、強力ではあるが、完璧な対策ではなかった。

 表通りからならともかく、山間を歩いて侵入されたら気付けないだろう。


 レイラの視点から考えられる対策があるなら、知っておきたいところだ。

 しばらくレイラは考えをまとめるために小首をかしげ、こめかみに二本の指を当てて目を閉じた。


 瞼が開き、切れ長の目に光が煌めいた。


「いっそ、山を壁で囲ってしまえば?」




――――――――――――――――――――

というわけで、今回は防諜について。


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