第07話 防諜指南①
レイラの日本での居住環境が整ったようだ。
一度防犯対策について相談するために、家に訪れてよいか、と尋ねられたので、渡はこれを快く了承した。
渡のマンションはオートロックシステムで、一階の玄関フロアに入る時、カメラでその姿をチェックできる。
レイラは一人での訪問ではなく、見るからにゴツい護衛をたくさん引き連れていたので渡は驚いた。
このあたりはさすが中東の王族だな、と心から思った。
単独でホイホイと出かけて、万が一があったときのリスクを考えると、護衛を外せないのだろうが、環境が違いすぎる。
かえって注目を集めてしまわないのだろうか。
さすがに護衛の人を全員入室させるわけにもいかなかったが、レイラはこれを了承して、一人でエレベーターに乗って上がってきた。
護衛たちは一階フロアの応対スペースで待機するらしい。
他の住人が帰ってきたらビックリするだろうな。
「お邪魔します」
そう言ってヒールをきれいに揃えたレイラは、日本の文化をよく理解している。
室内スリッパに足を通す時、ワンピース姿のレイラの長く美しい脚、そしてタイツに覆われた形の良い足がチラッと覗けた。
渡はそこから意識的に目を背けた。
だが、意識して目を逸らしている時点で、逆説的に意識しているようなものだということには、気づかなかった。
褐色の肌を持つレイラが家にいると、異国情緒の雰囲気がいや増すが、これについては今さらだった。
マリエルはヒト種のため、ただの西洋人でまだ済むが、虎に狼の獣人、そしてエルフと同居しているのだ。
異国情緒どころか、異世界情緒溢れた生活に慣れてしまっていた。
いまさら肌の色がどうこうなどと考える余地はない。
今回、ステラを除く全員が、この場に揃っている。
普段は耳を傾けることのないエアやクローシェも、護衛の一環としてこの場に集っていた。
ステラは黙々とお仕事中だ。付与の術式からポーションの製造まで、ステラにしかできないことが多すぎる。
「もう生活環境は整いましたか?」
「ようやくですね。本当はマンションごと買い取りたかったのだけど、さすがに都合よく条件にもあった物件が見つからなかったわ」
話のスケールが違って困惑する。
そりゃマンションごと買えば防犯は完璧だろうが、どこの世界にそんな買い物をする人間がいるんだ。
大阪市内にある浪速区のマンションを購入する予定だったはずだが、最終的な条件が折り合わなかったらしい。
「結局テヅカヤマ、というところの一等地の豪邸を買いました。日本は国の力が効きにくいから大変です。それでも支払い能力さえあれば購入できたのは良かったですが」
「そりゃまあ、王族とはいえ、自国と他国じゃ及ぼせる力の範囲が違うでしょうね」
「日本は特に外国人に対して良くも悪くも特別扱いが強いですね。私が日本語を話せますって言ってるのに、がんばってアラビア語を話せる社員を呼んできました。かと思えば信用情報の確認は過剰なほどに慎重でした」
唇を尖らせて言うレイラに、渡は苦笑した。
その他にも色々と大変だったようだ。
まあ、事前に予定を決めての、計画的な引っ越しではない。
急遽引っ越すことになれば、大変なのも当然だろう。
住むところだけではなく、快適に過ごすには使い慣れた家具や小物類も買い揃えなければならない。
レイラぐらいの立場なら、日本の大阪でも商品を取り扱っている店はあるだろうが、急遽色々な商品を用立てるように言われた業者は大変だっただろうな、と思う。
「さて、私のことはこれぐらいにしましょう」
「分かりました。防諜について、ですよね」
「ええ。まず最初にお伝えすることは……安易に他人を家に上げてはいけません。減点です!」
「えええ!?」
いきなりの減点に面食らって、渡の目が点になった。
◯
諜報の対策としてもっとも有効な手段は、物理的、ネットワーク的な隔離だとレイラは真剣な顔で言った。
「そもそも近づくことも出来ない所には、何も仕掛けることは出来ません。その点渡さんはまだ面識の少ない私にたいして、脇が甘いです。信用してくれているのは嬉しいですが」
「ああ……はい」
まさか防諜を請け負ってくれる人が、諜報を行うとは思っていなかったが、これは油断だと言う。
詐欺師は詐欺師の顔をして近寄ってこない。
人に疑われにくいからこそ、騙されるのだ。
「だから、渡さんは私のことを簡単に信用してはダメです。こうやって手を握られたり、ニギニギされたりしても、狼狽えてはいけません。ほら、目が泳いでますよ。平静にしてください」
「いやいやいや、急にこんなことされたら、男なら動揺しますって」
「色仕掛けで籠絡するつもりかもしれませんよ?」
「ちょ、ちょっと」
いまだ手は離されず、指を絡めてくる。
目をジッと見つめられて、手のひらを爪でカリカリと擦られてゾクゾクした。
「ご主人様から離れてください」
「はい。良くできました。相手が私であることを勘案すれば、遅すぎず早すぎず、ちょうどよいタイミングでしたね」
「レイラさん?」
「はい? もしかして本気にしました? ダメですよ、機密情報が筒抜けになりそうですね」
「~~~! いえ」
「私たちがさせませんので、その心配は不要です」
「あらあら、渡さんは愛されてるんですねえ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべられて、渡は悔しくなった。
レイラは年上ということもあってか、なんとなくやりにくい。
だが、こうして揺さぶりながらも、レイラの防諜対策は本物だということが、これから徐々に明らかになってくるのだった。
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まだ本調子じゃないんですが、ひとまず更新。
カクヨムコンの選考だって始まってるし、負けないぞ! ムンムン!
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