第06話 クローシェの落ち込み

 モイーは相当気に入ってくれたようだった。

 調理長が自分も試しに作ってみると言っていたし、積極的に領地に関係のある客に振る舞い、作り方を提供するとのことだ。

 シンプルだからこそ奥深いポテト沼にしっかりとハマったと見える。


 今後モイー領にイモ料理の可能性が大きく膨らむのは、間違いない未来だろう。

 なんでも今後、領主主導でイモ料理大会を開き、新作のアイデアを募ることを決めたのだという。


 現地でしか手に入らない素材、調味料もあるだろうし、きっと新しい味が生まれるはずだ。


 なお、料理提供の見返りについては後日、何らかの便宜を図ってもらうことで決まった。

 領地振興策に関わる提供だったために、目先の金銭による利益よりも大きなもので返してほしかったのが理由だ。


 今回の提供した料理そのものの価値というよりは、モイー領の収益性を大幅に向上させる、それぐらいの規模の提供物だったと考えている。

 見方によっては非常に尊大な要求だったが、モイーは興奮でおかしくなっていてもその辺の勘定は流石だった。


 二つ返事で良かろう、と納得してくれた。

 物の価値が分かる人はありがたい。


 無茶振りをされつつ、どこか嫌いになれない人だ。

 まあモーイモイモイだしな。


 そして、その立役者となったクローシェだが……。

 自宅に帰ってからも、自分の大きな尻尾を抱えて、ぷるぷると涙目になっていた。


「クローシェフライ」

「うぐっ!?」

「クローシェサラダ」

「い、嫌ですわ主様、蒸し返さないでください!」

「気にしてるのが俺じゃなくてお前だろ。蒸すより茹でるほうが好きだったか?」


 あまりにも分かりやすく、私は落ち込んでいるアピールをされると、空気も重くなる。

 特にマリエルとステラは気を使うタイプだから、さっきからどう声をかけてあげるべきか悩んでいた。


 これまでも失敗のたびに、裏でフォローしてくれていたのだ。

 渡の一言に、クローシェがキッと睨みつけてくる。


「そういう話じゃございませんの! わたくし、これでも誇り高き黒狼族の長女ですのよ!? それがあのような名を残されるなど、誇りじゃなくて恥になるところでした」

「クローシェはあと一歩が締まらないよなあ」

「はあ……。そうなんですの。自分でも分かっておりますわ。不注意とか、思い違いとかで大きな失敗をしているのは。わたくし幼い頃は神童と呼ばれて未来を嘱望されていたのに、どこで道を踏み外すことになったのか……」


 どうやら本気で落ち込んでいるらしく、いつもはすぐにイジりに向かうエアも、そっとしてあげているようだ。

 ――いや、違う。


 普通にゲームに夢中になってるだけだ、これは。

 最近アップデートされたFPSゲームの調整バランスが本当におかしいなどと文句を言ってたのを思い出した。

 新しい環境での対戦が面白いらしく、クローシェに注意を払ってない。


 こういう時に慰めるのは、自分の役割なのだろうかと思う。

 肉体の強度、強さという面では渡よりも圧倒的に強いクローシェやエアといった存在も、その内面は繊細で、時に傷つくし、立ち直れないこともある。


 肉体が強いから精神も強いというのは一つの幻想だ。

 渡はクローシェの隣に腰掛けた。


 クローシェはチラッと視線を向けてくるも、自分の尻尾の毛並みを整えている。

 いつも自慢している立派な尻尾も、今は気分に合わせてどこかしなっと垂れている。


「いいか、クローシェ」

「なんですの?」

「クローシェ、君は天才だ」

「ほ、ほう? 下手な慰めはいりませんわよ?」

「その黒く長い髪、毛並みの良い尻尾は美しい。気高く、エアをあと一歩まで追い詰めた実力があって、料理の腕も見せつけた。俺にとっては甲乙つけがたいが、とても魅力的な女性だ。そりゃ事態が思うように転ばないこともあるさ。でも、モイー卿だって嫌味で言ったんじゃない。ただ褒美として好意で言ってくれただけだ。そんなことでクローシェ自身の価値は落ちるのか? そんな安っぽい女なのか、君は」

「そ、そんなことはありませんわ!」

「うん、そうだろう。俺もそう思うよ。クローシェは偉い。本物だ」

「そ、そうですわ、わたくしは本物の強者! 気高き黒狼族の戦士ですわ!」

「そうだ、可愛いし、今日も綺麗だ。毎日見ているけど、ステキだよ」

「んふっ……と、とうぜん、ですわ」


 だいぶ持ち直したようだが、それでも自分に言い聞かせている感は否めない。

 思えば古代遺跡では失態を犯し、カジノでは大負けを喫した。

 立て続けの失態に、傷が深いのだろうか。


 渡はクローシェの体を抱きしめた。

 常人では出せない力の持ち主なのに、その体はとても抱き心地が良い。


「あっ……主、さま……」


 クローシェがブンブン、と尻尾を振った。

 そしてゆっくりと体重を預けてくる。


「ほら、おいで」

「わ、分かりましたわ。……優しくしてくださいまし」


 やかましい態度が鳴りを潜め、おずおずと口づけすると、手を引かれて寝室へと移動する。


「勝った! これはパーフェクト! アーマーが削られてたところに、最期はヘッショで一撃! 立ち回りもエイムも完璧だった!」


 エアがモニターを前に叫んだ。



――――――――――――――――――――

なんか急にめちゃくちゃお腹痛くなったので、今日の更新は短いですがこれだけです。

クローシェがあまりにも不憫だったから、ちょっとだけ優しくしてあげたかった回。

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