第04話 二つのイモ料理

 クローシェの提案には、妥当だと思わせる説得力があった。

 酒呑みの意見の上に、元々クローシェは頭の回転が悪いわけではない。

 ただただ、たまに残念なところがあるだけで、冷静ならば鋭い意見を出すこともままあった。


「クローシェもなかなかやるなあ」

「とうっぜんですわ! わたくしは黒狼族の族長の娘っ! 料理に関してもプロフェッショナルなのですわ!」

「……そうなのか?」

「そうですわ!」


 渡たちはレシピの収集と自分たちで試食をした上で、これならば、と思える料理を選択し、準備を整えた。

 実際にかなり美味しく、これならばモイーにも満足してもらえるだろう、という自信がある。


「たしかに美味いな……。これならモイー卿も満足してくれるだろう」

「おーっほっほ! ご褒美をくれても結構ですのよ!」

「後で首輪をつけてお散歩しようか」

「なんでですの! そんなのただの虐めですわ!」


 酒をあまり呑まない渡でも満足できる味だった。

 これでダメなら、諦めて再挑戦するしかないだろう。


 クローシェは抗議の気持ちを込めて渡に噛み付いたが、その噛み方はかなり甘かった。


 ◯


 渡たちは南船町のモイーの領主館に訪れた。

 今回会うのは面会室ではない。


 一階にある厨房だ。

 これは基本的に異例なことだった。

 モイーは興奮を隠せないようで、ソワソワとして厨房を見渡している。


「貴様には、これまで幾度も度肝を抜かされてきた。今回も楽しみにしているぞ」

「満足いただけるように最善を尽くします。今回は貴族の方に厨房に入っていただくのは失礼とは思いますが、ぜひ一度調理している光景をご覧ください」

「うむ。承知した」


 高貴な人はあまり自分で料理をしない。

 それはなにも傲慢から来るわけではなく、その仕事に就いている人の役割を奪わないためから来ている。


 とはいえ、このあたりは家風の影響や、その領地の豊かさ、風土によっても大きく変わるらしい。

 マリエルの実家では普通に作っていたらしいし、王都に居を構える官僚寄りの貴族は、料理人に任せることが多いようだ。


「本来なら料理人の方に作ってもらうのが筋でしょうが、今回はうちのマリエルとクローシェが調理を担当します。厨房をお貸しいただいて、調理長に感謝します」

「私マリエルと、こちらクローシェが責任を持って、調理します」

「よろしくお願いいたしますわ!」


 お揃いの真っ白な調理服を着たマリエルとクローシェが頭を下げた。

 ふたりともスタイルが良すぎるので、合う服を探すのが大変だったが、貴族の前ということで失礼がないように、また疑われることをなくすために買い揃えたのだ。


「それじゃあ今日の作る料理を紹介します」

「わたくしが提案いたしましたわ! 本日はモイー芋を使った特別なアテをご紹介いたしますわ」

「なに、うちの芋だと?」


 驚いたモイーに、渡が説明を行った。


「ええ。特別な料理も考えたのですが、それだと極稀にしか楽しむことができません。それに、モイー芋の調理の可能性を広めることは、芋の消費を増やし、領地の収支改善にも役立つのではないかと、僭越ながら考えました」

「ほほう。それは興味があるな。ただ芋か。こう言っては何だが、我は毎日食べているからな……」


 モイー芋はたくさん取れる上に味も良いとあって、モイー男爵領の代表的な農作物だ。

 地産地消が当然のこの異世界においては、モイーは毎日のようにかし芋を食べている。


 だからこそ、領主としてクローシェの提案は食いついた。

 美味しい芋の食べ方が分かれば、商品の価値が上がり、よりますます領民が富むことに繋がる。

 そして、同時に少し落胆したのも見抜いた。


 毎日蒸かし芋ばかり食べていては、芋の旨さを理解できていないのだろう。


「それでは一品目、魔性のカリカリポテトフライですわ!」

「な、なんだそれは?」

「茹でた芋を油で揚げるだけのすごくシンプルな料理ですわ! まずはモイー芋を塩茹でするのです!」

「ふむ……フライというからにはすぐに揚げるのかと思ったが、まずは茹でるのか」


 さすがは錬金術の付与で稼いでいるモイー卿と言うべきか、調理器具も原始的な薪や炭ではなく、錬金術を用いたものだった。

 蒸し料理は水や火の使う量を減らすことができるが、それ一辺倒だとどうしても味わいも狭まってしまう。

 大きな鍋に大量の湯を事前に準備しておいてもらい、そこに塩とモイー芋を放り込んだ。


 錬金術の釜の上で、ぐつぐつと湯に気泡が生まれ、芋が踊る。


「櫛でスッと抵抗なく突き刺せるようになったら、茹で加減が良い証拠ですわ!」


 久々の活躍できる場面だからか、クローシェが生き生きとしている。

 マリエルは苦笑しながら、そんなクローシェのサポートに回っていた。


「茹で上がった半分の芋は、これを皮付きのまま八等分にしますの。あつっ! あっっづ! 熱いですわね、この、芋っ!」

「私も手伝いますね」

「ど、どうして平気ですの……。そ、そして切った芋を、たっぷりの油で揚げていきますわよ! 火加減は中火から弱火ですわ! このまま二十分ほどじっくりじっくり揚げていきますの」

「ふむ、油を結構使うのだな。それに調理時間も長い。家庭では作りづらいか」

「そうですね。屋台や居酒屋なんかでは作れると思います」


 モイーは味だけでなく、調理が庶民でもできるかどうかを気にしているようだった。

 このあたりはさすがの領主感覚なのだろう。


 油がパチパチパチ……と音を立てて、芋がじっくりと揚がっていく。

 カリカリポテトという名前の通り、今回のポテトフライはかなり固めになるまで、しっかりと揚げるタイプだ。

 色合いも狐色というよりは、やや濃い茶色ぐらいにまで揚げてしまう。


「もうしばらく、じっくりと待つことが肝心ですわ! はやく食べたいからと、すぐに調理を終えてしまうと、本当の美味しさが引き立ちませんの! 美味しさとは我慢ですわ!」

「これまでは出来たものを食べていたが、こうして待つのはなかなかにツラいな……」


 クローシェがじっと鍋を見つめていた。

 真剣な表情はいつもと違う雰囲気だが、これはこれでとても美しかった。

 調理中の光景を見ることがないのだろう、モイーは興味深そうに頷くと、顎を撫でた。


 揚げ物をしている最中に、マリエルが残った芋の皮を剥いて、ボウルに入れてから潰していた。


「こっちは何を作ろうとしているのだ?」

「こちらはやみつき夢中のポテサラです」

「やみつきむちゅうのポテサラ……?」

「はい。ご覧の通り、芋を潰して、そこにゴロゴロっとした脂の乗ったベーコン、そこにトロトロのチーズ、ゆで卵、塩胡椒、ガーリック、マヨネーズ。そして隠し味に少量の蜂蜜を加えて、混ぜ合わせます」

「ふうむ、ただの芋料理だと思っていたが、大量の食材を入れるのだな」


 モイーが感心しながら唸った。

 後ろで控えていた調理長も、目を剥いてマリエルの調理姿を覗いている。

 ギラギラとした目で、一切を見逃さないように注視していた。


「お皿に盛り付けたあとは、表面にお好みの香草を振りかけます」

「こちらも出来ましたわ! 魔性のカリカリポテト、完成ですわー!!」


 そして、二つの料理が完成したのだった。



――――――――――――――――――――

【王都詰めの貴族】

近世以降に生まれたとされる宮廷貴族はこの国にはいませんが、領地には信頼できる代官をおいて、自身は王都で働く、という貴族は少なくありません。

とくに役職持ちに多いとされます。

たえず行き来してヒーヒー言ってるモイーは、まだギリギリ移動できるぐらいには距離が近いからできることですね。


次回、『モイモイ、イモイモ!?』(仮じゃない)お楽しみに!

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