第03話 酒のアテ
モイーとの久々の対談後、渡は家族との団欒を終えたマリエルと合流した。
家族と話をしたマリエルは、いつも機嫌がいい。
ふと、婚約の件については、話をしたのか気になった。
「いえ、まだしてませんよ。ご主人さまと一緒に報告したほうが、こういうのは良いかと思いまして」
「そうか。……想像するだけで緊張でお腹が痛くなりそうだ」
「大丈夫ですよ。前回会ったときも、ご主人様はすごく印象よかったですよ」
「そう、か?」
「はい、自信を持ってください」
あれか?
娘さんを俺にください! ってやつをするのか?
マリエルは権利的にはすでに渡のものだが、それとこれとは話が別だろう。
事情によって致し方なく奴隷になったマリエルだが、両親の愛情がなかったわけではない。
どのように受け入れられるか分からなかった。
「娘はお前にはやらん、帰れ! いいえ、お許しいただくまでは帰りません! みたいなことは……」
「ありませんよ。なんです、それ?」
「俺の国には昔そういうのが定番だったらしくって」
「うちは何度も言ってますが、すごく貧乏な貴族だったんです。まともな暮らしができてる今、奴隷から開放されるっていうなら、大歓迎じゃないですか?」
ケラケラとマリエルが笑って否定してくれたので、ようやく渡も安心できた。
家族との再会という意味では、エアとクローシェも、会う機会を作ってあげたかった。
傭兵家業ならば、いつ死んでもおかしくない。
金虎族も黒狼族も、一族の紐帯はかなり強いようだから、奴隷になったと知れば驚かれそうだ。
とくにクローシェの場合は経緯が経緯だから、家族に会わせてあげたい気持ちと、できれば関わりたくない気持ちと両方がある。
話を聞いて恨まれたらどうしよう。
一番嫌なのは、それが原因でクローシェやエアが家族との仲が険悪になってしまうことだった。
渡はマリエルに、モイー卿との対談の内容を伝えた。
良かった、とマリエルは呟き、コーヒーノキの計画が進んだことを素直に喜んでくれる。
ただ、故郷に向かうことについては、特に反応を見せなかったのが気になった。
「栽培が上手く行けば、故郷の土地も少しは潤うでしょう。特に特産品のない、ただただ辺鄙な村ですから」
ハノーヴァー領は王国の外れ、他国と境界線近くにあるのに、これまで旨味がなさすぎて攻められたこともないそうだ。
「それで、マリエルは故郷に帰るのに、何か抵抗があったりしないのか? もしあるなら、マリエルは留守番をしてもらうって手も――」
「行きます。ぜひ行かせてください。私が領地を去った後、町が、村がどうなっているのか、この目で確かめたいです」
「そうか。だが、貴族籍を返上したマリエルたち一家に、領民の目が冷たく見られる可能性だってあるんだぞ? それでも本当に良いのか?」
「はい。それも含めて、私たちの責任です。私はハノーヴァー領の税金で生まれ育ったんです。文句を言われる責任もきっとあるはずです」
渡を見つめるマリエルの目はまっすぐ、力強かった。
これだけの覚悟を示されては、渡もこれ以上は何も言えない。
もし、心無い言葉を投げつけられて傷つくことがあれば、その時は自分が守ってあげれば良い。
身体的にはエアとクローシェ、そしてステラがいれば心配いらないだろうから、心のケアは自分がしてあげるべきだろう。
懸念材料が一つ減ったことで、今後の予定が一つできた。
ひとまずは、時と空間の回廊に再び足を運ぶことになりそうだった。
報告をお互いにした上で、モイーの要望について、相談を始めた。
「それでは、酒のアテについて、意見を募りたい」
「はーい! アタシは唐揚げが良いと思いまーす!」
「それ、お前が食べたいだけだろ」
「うん、もちろんそうだよ? アタシ、唐揚げ大好きだもん」
「良くそこまで素直に認めるな」
「アタシが好きなんだから、モイモイだって好きになってくれるはずだもん」
「それはそうだが、お貴族様ならとっくに食べててもおかしくないんじゃないか? あとモイモイ言うなってクセになるぞ」
とはいえ、あの鋭い視線の裏側で、あんなことを考えていたとは、渡は見抜けなかった。
最初からモイーに対してどうも軽い態度を続けていて気になっていたが、そりゃあの内心を見抜いていたなら、それほど警戒しないのも頷けるというものだ。
だが、それでもモイーはウィリアムとは違う。
彼は平民ではなく貴族であり、面子を保つ必要がある。
不用意な発言で軽んじていると知れば、殺されはしなくとも、罰則は受けるだろう。
「……何度言っても聞かないし、後でお仕置きかな。エアはアテの味見なしだな」
「ええ~!? それだけは許してっ……!」
「ダメだ。これが一番賢い罰則みたいだからなあ」
「そんな~! 横暴だよ! 奴隷虐待だよ~!」
渡自身の実益も兼ねて、エッチなお仕置きをしていたが、基本的に何でも楽しんでしまうエアにはお仕置きになっていなかった。
本気でショックを受けているみたいだし、今後はこの方向で罰を与えるべきかもしれない。
いや、だが待てよ。
だが、そうするとお仕置きという名目で俺が楽しめなくなるわけで……。
そしてエアが目に見えて落ち込んでしまうわけでもあって。
むむむ、塩梅が難しいな。
「ご主人様、考えが甘くないです? エアが期待して尻尾を振ってますよ」
「おっと。読まれてたか」
「味見も夜のお仕置きも、両方ともしてしまえば解決では?」
「おおっ、いい考えだな。採用だ」
「ちょ、マリエル!? ひどすぎるよ! マリエルもお仕置きされたら良いんだ!」
「私はそんなヘマはしませんから」
ギャーギャーと抗議の声を挙げるエアを無視して、マリエルがにこやかにタブレットのページを指さした。
MITSURINという名の、超巨大通販会社の酒の肴のカテゴリが映っている。
「こちらの缶詰とか瓶詰めの商品はどうでしょうか?」
「こうしてみると海産物が多いんだな」
「独特な臭みはありますが、詰め合わせで購入して贈れば、どれか一つはお気に入りができるのではないでしょうか?」
「瓶詰めはともかく、缶詰と缶切りの説明が面倒だな。モイー卿なら絶対に興味を持たないかな」
「そうですね……」
異世界の食生活は、区別するなら洋風だ。
その上で日本人が好むアテが気に入る保証はなかった。
その上、缶詰は現代でこそフリーズドライ加工品が中心になっているが、その保存性の高さから、軍需品となっているのだから、モイーが気付くおそれは大いにあった。
「それにワガママ言ってもいいかな?」
「なんでしょうか?」
「いくらモイー卿とはいえ、酒にアテにって、何度も定期的にこっちが差し出すよりも、作り方を教えて自分たちで調理してもらったほうが良くないか?」
「それはたしかにそうですね……。今の伝手を維持しながら、負担を減らす考えは大切です」
今後、渡はますます忙しくなるだろう未来が朧気ながらも見えている。
何度も付け届けに行く方向性は避けたかった。
こうなると、マリエルも答えを見失ったのか、うーんと唸って考え込んでしまう。
とはいえ、うちの料理担当は基本的にマリエルだ。
なにかしらいい案を思いついてくれるんじゃないだろうか。
渡がそう期待して一度棚上げしようと思った時、ブンブンと黒い尻尾を振って、耳をピンと立てた犬っ娘が、大きな威勢の良い声を上げた。
「わたくし、いい考えがありますわ! あの方も満足間違い無しの、最高の方法ですわ!」
目をキラキラと輝かせて自信満々のクローシェの姿を見て、渡は少し不安になりながらも、話を聞いた。
「これはたしかにいい考えだな! やるじゃないか」
「おひょ!? 思ったよりも高評価ですわね……、おーっホッホ! と、当然ですわ!」
――そして、内容を聞いてみると、たしかに良い方法だと納得するのだった。
――――――――――
過去に密林って作中で名前出してたかな。
覚えてないです。アパレルブランドは出した(しかも毎回微妙に名前が違う)のは覚えてるんですけど。
さて、次話で答え合わせですね。
ちなみに前回のコメントでいただいた案は、(今のところ)全部私のアイデアとは違いました。
ヒントはモイー領の設定にあります。
さあ、過去編を読もう!(宣伝)
さて、毎回ですが、沢山の★、ギフト、本当にありがたいです。
週間ランキングも一気に10ぐらい上がって、今30位ぐらいになってます。
面白かったらぜひ評価お願いします。
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