第02話 モイー卿の内心

 二月初旬。

 しばらくは自宅や付近でゴロゴロとしていた渡だが、あまり長期間ゆっくりと休むわけにもいかなかった。

 ポーションの量産計画を進めなければならないし、異世界側でもやるべきことを多く抱えている。


 特にまだ慢性治療ポーション自体は、異世界から購入して在庫を確保しておく必要があった。

 ステラが地球側だけ・・・・・で完結していま作れるのは、急性治療ポーションだけだ。

 慢性治療ポーションは素材確保ができていないため、異世界から輸入する必要があった。

 購入した山を拓いて薬草園を作り、種を植えるのが三月末頃を予定している。


 他にも教会に通って秘法を学んだり、コーヒーノキの栽培を始めたり、古代都市の魔力の中和を心がけたりと、やりたい、やるべきことは山積み状態だ。


 レイラは早く役に立ちたいのか、あるいは親交を深めたいのか、接触を図っていたが、こればかりは素直に打ち明けられない。

 用事がある、とだけ答えていた。


 渡がマリエルたちに隠し事なくなんでも伝えているのは、奴隷契約による効力が及ぶから、という面が大きい。

 守秘義務契約を結んだところで、契約違反の罰則よりもメリットが大きいと感じれば、人は話すかもしれないのだ。


 そこまでレイラには信頼を置けていない。


「ひとまずはいつも通り、ウェルカム商会に商品の補充に行って、あとマリエルは両親と会ってきたらどうだ? 今は南船町で仕事してるんだろう?」

「ありがとうございます。ご主人様はその間、どうされるのですか?」

「俺はモイー卿に挨拶してくるよ。いたらだけど」

「……私も一緒のほうが良くありません?」

「いや、さすがに大丈夫だろう。意外とエアもクローシェも余計なことはしないし、ステラも気配りができるしな。遠慮するな。いつ、別の場所に赴任することになるか分からないんだ。会える時に家族には会っておいた方がいいって」

「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。くれぐれも失礼のないようにお気をつけて」

「分かってるって」


 マリエルが両親と仲がいいのは渡も重々承知している。

 お互いが想い合っている家族なら、なおさら親密に会っていた方がいい。


 マリエルはじっと渡の目を見ていたが、やがて根負けしたようにため息をつくと、ペコリと頭を下げた。

 そんなに心配しなくても大丈夫だぞ、マリエル。

 モイー卿とは何度か会って、だいぶ性質も掴めたんだ。




 ――そう思っていたこともありました。


 幸い、南船町で執務を執っていたモイー卿とはすぐに会うことができた。

 御用商人という肩書は、この辺りとても迅速で助かる。

 そうでなくても、モイー卿ならば渡にはすぐに会ったであろうことは、間違いないのだが。


 忙しそうに机でペンを走らせていたモイーは渡を見ると手を止めた。

 そして、じろりと鋭い目で睥睨する。


「貴様、御用商人として取り立ててやったというのに、ずいぶんと顔を出さないではないか(全然見かけないからすごく心配したんだぞ)」

「は、はい……申し訳ありません。何分、他の取引も忙しくありまして」

「ふん、どうやらずいぶんと儲かって、我との商談は必要ないと見える(商売がうまく行ってるようなら良かった。一安心だな)」

「そのようなことはありません。モイー卿の御用商人という看板があって、仕入先にも顔が立ちます」


 うへ、めちゃくちゃ機嫌が悪そうだ!

 しまったな、こんな時こそマリエルがいたほうが良かったか。

 相手は貴族だ。

 どれだけ親密だと思っていても、その気になれば問答無用で渡の首を飛ばせる権力がある。


 頭を下げた渡だったが、すぐ隣に控えていたエアが、長い尻尾でペシペシと渡の背中を叩いた。

 こんな時になんのいたずらだ、と思ったが、ヒソヒソと耳打ちされた言葉に驚いた。

 どうも言葉と内心に大きな乖離が見られるらしい。


 本当か?

 渡は驚いてモイーの顔を見つめたが、真面目な表情で、むしろ怒っているように見えた。

 モイーは机を指でトントンと叩きながら、渡とエアの様子を伺っている。


(エア、言ってる内容は本当なのか……?)

(うん。間違いないよ。ほら、クローシェも頷いてるでしょ?)

(そうだな……)


 人の内心を見抜くことに関しては間違いない二人だ。

 ヒソヒソと話をして、実際に正しいことが分かると、肩の力が抜けた。

 相変わらずモイーは厳しい顔をしていて、まっすぐ目を合わせると精神力を試されるようだ。


「しかし忙しくて来れないにしても、定期的な付け届けは当然の行いではないか?(酒が切れてツラいんですけど!? お酒お酒!!)」

「は。はは。そう思いまして、今回はいつもよりも多めにご用意しております」

「左様か……。良い心がけである(むほっ! これよこれ! これがなくては一日が終わらんからな)」


 厳しい顔をしていながら、その内心でニヤニヤとしていると分かって、ほっこりとしてしまった。

 クローシェが持ち込んでいた鞄から、酒瓶を取り出して渡すと、モイーは目尻を下げた。


「うむ。たしかにいただいた。(ああ……早く呑みたい。今日は仕事を早めに終わらせよう……。アテつまみは何にしようか。炙り肉も良いし、魚の燻製も捨てがたいな)」


 落ち着いてみれば、モイーの傍に控えている部下が、モイーを見て苦笑いしているではないか。

 モイーが胸襟を開くほどによく知る人物からすれば、その内心がよく分かったのだろう。


 その後は、多少溜飲を下げた態度を見せたモイーと、普通の会話ができた。

 どうも相変わらず忙しいのは変わらないらしい。


「それと、貴様が以前に希望していた、コーヒーノキの栽培についてだが、認可が降りたぞ」

「え、本当ですか?」

「ハノーヴァー領の代官には話を通しているから、種なり苗なり持ち込んで、育ててみると良い。希望の土地を拓いて栽培できるぞ」

「それはありがとうございます! 助かります!」

「まったく我が骨を折ってやったというのに、全然来ないから報告できんではないか!(喜んでくれるかとすごく期待していたのだぞ)」

「はい! 今後はできるかぎり、顔を出しに来ます」


 ハノーヴァー領は、領地の中でも東の辺境の地にあるという。

 ゲートを上手く利用できれば、移動時間を短縮できないだろうか。


 マリエルが故郷に帰ることもできると分かって、嬉しくなった。

 それとも手放さざるを得なかった故郷の地を踏むのは、抵抗があるだろうか。


 ありがたい報告に笑みを浮かべている渡に、モイーが思いついた、とばかりに軽い様子で尋ねた。


「そういえば貴様は珍しい物をよく持ってくるが、何か酒のアテで旨いものは知らないのか?」

「はっ? アテですか。何分俺があまり酒を飲まないものでして……申し訳ありません。一度調べて参ります」

「うむ、期待しておるぞ。あの珍しい銘酒を手配するのだ。アテについても良いものがあるだろうからな」

「は、はは……期待に答えられるように、頑張ってみます」


 これは相当な難題ではないだろうか、と渡は額の汗を拭った。



――――――――――――――――――――

今回はサポート役がマリエルではなくエアだったので、モイー卿の内面を知ることができましたね。

そりゃモイモイってエアが言いますよ。


次回は続いてモイー卿の酒のアテについてです。

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