五章 章間 渡の影響

 中東の雄、ファイサルの健康状態の改善は、大きな波紋を広げた。

 特に欧米諸国の目は険しく、今後の動向を注視する構えを見せている。


 EUでも大きな影響力を持つフランス大統領マクスウェルは、唾を飛ばして悪態を吐いたという。


「アイツがくたばれば、石油価格も安定するだろうに」

「どこに目や耳・・・があるか分かりませんよ。ただでさえ大統領の言葉はパパラッチが喜び勇んで取り上げるんですから」

「ふん、聞かせてやりたいぐらいだ」


 マクスウェルは秘書官に毒づいた。

 普段の甘いマスクにつられて投票した女性有権者が見たら驚くだろう、苦々しい顔だった。


 現在、EUでは発電の多くを風力や太陽光など、石油に頼らないクリーンエネルギーに置き換えられていっている。

 これは地球環境問題への対策だけではない。

 自国の発電エネルギーの供給を、他国に握らせない、という面も大きいのだ。


 フランスは原子力発電の割合が非常に大きいが、近年は老朽化、故障などによって停止している炉も多く、水力発電も渇水の影響を受けたりして、火力発電の割合が高くなっていた。


 日本のように火力発電所の割合が大きいと、石油の価格が上昇すれば大きな打撃を受ける。

 だからといって、発電量を下げることは中々できない。


 自国のインフラを充実させるためにも、新エネルギー技術の置き換えは急務だった。

 それでもなお、依然として石油の影響は非常に大きい。


 特に北欧などの寒い地域では、各家庭のストーブをすべて電力で賄うわけにもいかない。

 流通や通勤を維持するトラック、乗用車のほとんどもまだ、石油に頼っていた。

 いくら電気自動車の流れが来ていても、まだまだ問題も大きいのだ。


「また混乱に乗じて石油価格を調整してこないだろうな」

「それはないのでは?」

「いや、あの男ならやりかねん。あいつは狼よ。油断して隙を見せれば喉笛を噛み切られるぞ」


 ファイサルの影響力は非常に大きい。

 石油というと中東を第一にイメージする者が多いが、現代の産油量の一位はアメリカ、二位がサウジアラビア、三位がロシアになっている。


 かつてはサウジアラビア王国が一位だったが、OPECによる産油量の制限によって、シェアの順位が入れ替わった。


 アメリカがシェール革命によって産油量が上昇し、シェア一位が交代するかと思われた時、サウジアラビアが原油減産を見送ったことで原油価格が大きく下落した。

 まだまだ生産コストの高かった多くの米国の産油業者が、その影響で投資の引き上げにあい倒産した。


 あるいは現代のように、ロシアとウクライナが戦争に入り、イラン、パレスチナなどが内戦などを抱えた時には、石油価格を上げて、膨大な利益を上げている。


 その一連の流れにも、ファイサルの意思が大きく介在していたのだ。

 ファイサルは石油の売り方を心得ている。


 自分たちの商品価格をどう上下すれば一番影響を与えられるか、熟知していた。


「しかし、ファイサル氏の健康状態はかなり悪化していたはずだ。どうやって治った?」

「さて、分かりません。ただ、それに合わせて不思議な話が聞こえてきました。ファイサル氏の孫のダーウード氏が、大火傷と全身不随から快復したそうです」

「一体どうやって? ランプのジンに願いでも叶えてもらったか?」

「現在調査中です……」

「なにか怪しいな」


 マクスウェルは眉間に皺を寄せた。

 彼が一国の大統領に若くして選ばれたのは、顔立ちや学生時代の成績だけではない。

 野性的な嗅覚が、この問題は放置しておけないと囁いていた。


 ◯


 内村外務大臣政務官は、慶應義塾大学を卒業後、祖父の代から続く議員を続けてきた。

 この年五三歳。


 大臣政務官は副大臣の下に位置する、上位職だ。


 内閣の一角を占める大臣政務官の職は、大臣の特定の政策についてサポートや決断することが主な役割になる。

 内村の場合は、主にアラビア語圏における活躍を期待されて任命されていた。


 近年、世界の政情は混迷を極めている。

 いつの時代でも、どこかで戦争は起きているものだが、ロシアや中国の影響が強く、また内乱も発生しており、日本としても外交の必要性がより増していた。


 中東諸国への訪問とその連帯の確認、有事の際の協力の約束の確認が内村の仕事だった。


「いったいこれはどういう事だ……?」


 会談を終えた内村は、ホテルに用意した自室に戻るなり、首をひねった。

 秘書官がニコニコとしながら、お茶を淹れてくれる。


「好首尾に終わって良かったですねえ、内村先生」

「ああ。ありがとう。だが、順調すぎるんだよ」

「と申しますと?」

「通常、彼らはこんなにも協力的ではない。こちらからのカードの切り方を確認し、お互いに協調するに足る理由をしっかりと確認し合う、というのがいつもの事だ」



「それと、ある人物の名前が上がったのだが、僕の記憶にはまったくない。君、堺渡という人物を知ってるかい?」

「いえ……。少なくとも政財界でよく聞く名前ではありませんね」

「だよなあ……」


 政治は顔を覚える仕事と言ってもいい。

 味方となる政治家、後援者、各業界の耳を傾けるべき第一人者。

 誰と繋がり、誰の力を借りて、あるいは力を貸すか。


 その無数のやり取りが、結果として大きな力になり、国の舵を切っていく。


「ファイサル国王は、その堺渡に非常に世話になったと言っていた。相当な深い感謝をしているのは確かだ」

「何があったんでしょうか。特に情報は入ってきていませんが……」

「分からん。分からんが、その堺渡とやらが、我が国にとって非常に大きな働きをしたのは間違いない。何と言っても原油価格を引き下げてきた」

「ええっ、本当ですか!?」


 秘書官が驚愕の声をあげた。

 日本は国産の油田を持たない。

 ガソリン代の高騰で国民から怒りの声が上がるぐらいには、生活への影響が大きいのだ。


 内村の耳には、官僚からの注意事項として特に堺の名前は挙がっていない。

 外交に影響するほどの人物の名を知らないなど、これは相当なミスだ。

 帰国後すぐにでも調査報告を聞けるようにしなければならないだろう。


「事務次官にすぐに連絡する。恥をかいた」


 素直に知らないことを伝え、教えを請うたが、ファイサルはにこやかに笑って答えをはぐらかした。


「現代の魔術師、ランプのジンか……いったいどういうことだか」


 まるで謎かけのようなその言葉にしばらく考えていたが、答えは出なかった。

 そして内村は帰国後に調査報告を受けたが、そこには書類上は優良な経営をしている喫茶店経営者であること、そして山を買ったこと以外、具体的な情報は何一つ入らなかったのだった。


「まさか開けゴマと唱えて、山の岩が開くわけではあるまい。アブラカタブラ……」


 内村はさらなる精度の情報調査を命じることにした。

 だが、その後驚くべきことが起きる。



 ――調査官が詳しい調査を断念したのだ。



――――――――――――――――――――

2つもおすすめレビューをいただきました。

M.M.Mさん、mickmicksiteyanyoさん、本当に感謝です。

良ければみなさんも読んで欲しいです。


また、ギフトも続けていただき、ありがとうございます。

現在未公開のイラストがいくつもあるので、限定公開していくつもりです。


一週間くらい休もうかな~と思ってたんですが、上2つの件でめちゃくちゃにモチベーション上がったので、このまま連載続行します。


次回は地球での活動の回

その次が久々のモイー卿についての回になります。

それでは皆さん、モイモイっ♪

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