第52話 帰還 五章完

 普段の段取りを飛ばして特例で様々な手続きが行われたらしく、マリエルたちの法人会社の設立は、カジノ場で豪遊した翌日にはすでに完了していた。

 驚くべき速度だが、これは官僚組織のトップ層が、皆王族の関係者で固められていることが大きいだろう。


 加えてアミールの手配した部下が、こういった事務手続きに精通していて、非常に有能だったことも大きかった。

 これでアミールとファイサルから払われたポーションの代金は、法人税を支払った後も、およそ一〇〇億円が残る計算になる。


 結局、渡たちはダーウードの一族全体での大きな快復祝いには参加せず、帰国することにした。


 身内同士の集まりならいざしらず、国中、あるいは近隣中から重要人物が集まるような場所に参加すれば、嫌でも注目を集めることになる。

 表に出る、出てしまう覚悟はあっても、自分から名を売るのはまだ先のことだった。


 そういうのは、もう少し準備を万端にしてから行いたい。


 渡たちは帰りは普通の飛行機に乗ろうと考えていたのだが、アミールの好意によってプライベートジェット機での帰国をすることになった。

 飛行場にはアミールとダーウードが揃って見送ってくれた。


「何から何まで手配いただいて、ありがとうございました」

『こちらこそ、息子と父がとてもお世話になった。ありがとう』

「でも良かったんですか? わざわざジェット機を用意していただかなくても、ファーストクラスに乗って帰ろうかと思ってたんですが」

『君たちが私と友好な関係であるということは、君の国にも分かるように伝えておいた方がいい。渡航記録を見れば、分かるものには分かるからね』


 マリエルたちは、日本には仕事を目的に入国するということになっていた。

 観光ビザではすぐに戻らなくてはならないが、就労ビザならば長期滞在が可能だからだ。


 それに、この方法ならば渡がマリエルたちを雇うことができる。

 一〇〇億円近くも資産があってまだ労働するのか、という考えもあるが、マリエルたちにとって、このお金はあくまでも渡のものだという認識でいるようだった。


『なにか問題が起きたらすぐに連絡をくれ。いつでも力になる』

「また、薬の進捗が進んだら連絡させていただきます」

『予算や要望があれば言ってほしい。最優先で対応しよう』

「お願いします」


 アミールが固い握手の後、軽い抱擁を行った。

 続いて、ダーウードが渡の前に立つ。


『渡さん、貴方のおかげで、オレはこうして人前に立つことができました。感謝しております』

「お元気で。もう事故のないようにお気をつけくださいね?」

『それはもう。二度とごめんですからね。今後、オレのような痛みや苦しみに悩む方々を一人でも救われる日が来ることが、本当に、楽しみに待っています』


 ダーウードが笑ったが、その心情はどれほど深いところから出てきたのだろうか。

 こちらも固い握手を交わしたが、その手は震えて、ダーウードはやがて黙って俯く。

 彼の正装の袖に、涙のしずくがいくつも落ちたが、渡は気付かないふりをした。




 しばらく別れを惜しむ言葉をかわした。

 たった数日だが、とても濃厚な日々だった。


 そして、ジェット機が離陸する。

 飛行場ではしばらく、アミールとダーウードが見上げて見送ってくれていた。

 本当に忙しい立場だろうに、敬意を示してくれて嬉しく思える。


 レイラは渡たちとジェット機に乗り込んだ。

 また添乗員として働いてくれるようだ。

 快適な旅をサポートします、ととても笑顔だった。


 プライベートジェット機の中では、二度目ということもあって、またやるべきことを終えた開放感から、かなり気持ち的に楽な心境だった。


「いやあ、終わってみれば楽しかったなあ」

「そうですね。ご主人様の豪運の強さは見応えがありました」

「アタシもいい勝負ができた。あそこまで態度と感情が一致しない曲者は久々に出会った。ゲームだけど手強くて良かったなあ」

「うぅぅぅう、最悪でしたわ」

「クローシェは俺の許可無く賭博は絶対に禁止な」

「うっ、分かりましたわ……」


 もとより自分のお金で賭けていない勝負だったから、負けても損はないはずだ。

 それでも負け続けたクローシェはがくりと肩を落とした。


 そもそも自分の身分を賭けて渡とエアに勝負を仕掛けて、奴隷に落ちてるんだよなあ。

 いくら大金があっても、今後クローシェには博打はさせないようにしよう。


 最終的にエアが稼いだお金は、彼女たちが日本で自由に使って良いことになった。


「これで私も法人会社の社長ですよ、ご主人様!」

「ニシシ、アタシが取締役だって、似合わなーい」

「オ、オホホホホ、わたくしはもとより一族の令嬢ですのよ! 人を率いる立場はとうっぜんでっすわー!」

「おめでとう。ステラは不満か?」

「いえ、分不相応ではないかと不安で、胃がシクシクしそうですぅ」

「創薬についてはステラが頼みだ。そっちで頑張ってくれたら良いんだよ」


 あっという間に中東での用事は終わり、日本への帰国が決まる。

 今後もポーションの販売は行うが、何よりも今はポーションの量産化計画を進めることが優先だろう。

 お金も使い切れないほどにできて、研究が捗りそうだった。


 ◯


 ふたたび長時間の航空を終えて、渡たちは関西空港に戻ってきた。

 久々に踏む大地の確かさは、やはり頼もしい。


「やっと帰ってきたなあ!」

「しばらくまた時差ボケに苦しみそうですね」

「アタシ……眠い……」

「お姉様、寝たら死にますわよ!」

「ここは日本ですよぉ」


 ワイワイと笑い声が混ざりながら、ジェット機から降りていく。

 そして、その場で分かれることになるだろう、と思ったレイラが、自然な足取りで渡たちと同じ方向に歩いていることに気づいた。


「あれ、レイラさん……?」

「はい?」

「どうしてレイラさんも入国しようとしてるんでしょうか? 帰らなくて大丈夫なんです? あ、もしかして整備とかあって、発着が明日とか?」

「嫌ですね。父アミールから、防諜や防犯目的の専門家を紹介するって聞いていませんでした? 私がその専門家です。これでも実地で厳しく教えられましたから、安心してください」

えええええもがががが――!?」


 渡は空港内にもかかわらず、大きな声を上げた。

 とっさにエアが渡の口を押さえなければ、大きな注目を集めていただろう。


 レイラは持ち前の美貌が映える蠱惑的な笑みを浮かべながら、コテンと首を傾げてみせた。


「国際的な対応や交渉も行えますし、これでも自信はあります。お邪魔にはなりませんので、よろしくお願いいたします」




 ――――そういって、レイラがウインクを飛ばしたのだった。



――――――――――――――――――――

というわけで、ついに六章が終わりました!

ここまでお付き合いありがとうございます。


章間に何話か更新して、第七章の更新に入る予定です。

レイラの今後の参加については賛否あるのは理解していますが、彼女の役割(そして能力や立場)としては、今後の活躍のために外せない、と考えています。


いよいよ国内で活躍しつつも、潜んでいた渡も、外部からの力によって表に出ることになりました。

お金は入ったけど、祖父江が悪いよ祖父江がー。(作者の心の声)


良ければ、この機会にレビューや感想をいただけないでしょうか。

作者のモチベーションに繋がり、嬉しいです。

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