第51話 カジノ悲喜こもごも
アミールの部下たちが法人の立ち上げの手続きに忙しく動き回っている間、渡はアミールに連れられて、彼が経営するカジノ場に連れてこられていた。
中東では賭博を禁止している国が多いが、この国では特別区画に限って、カジノ場が運営されていた。
ホテルのいち観光施設という位置づけだ。
分厚い絨毯に様々な賭博機械が並び、多くの客が興奮に包まれている。
「へえ、カジノか……。俺はこういう賭博場は全然来たことなかったんだけど、見てるだけでも面白そうだな」
「主は賭け事はしないんだっけ?」
「ああ。うちの爺ちゃんと婆ちゃんから止められてたからなあ。それに友達とやってもみんなすぐに辞めるから、面白くなかったんだよ」
スロットマシンにジャックポット、バカラ、ポーカーやブラックジャックといったカードゲームにルーレット、そして何よりも競馬場に闘技場まであった。
馬を重視するのは中東ならではだろうか。
店舗内では、ノンアルコールもお酒も無料で飲むことができる。
なんだったらカジノで豪遊する客には、宿泊費や移動費まで無料になることも珍しくなかった。
渡はアミールが自慢する設備の充実ぶりを聞きながら、視線を彷徨わせた。
おかしい。
こういうお店にはバニーガールがいて、勝っていい気分になった客がチップを谷間に挟んだりするんじゃないのか……?
「ご主人様、バニーガール探してもいませんよ?」
「い、いや……そういうわけじゃないんだけど……。ほら、こういうのって物語だとつきものだから気になっただけだって」
「そ、そんなに見たいなら、わ、私がまた着てあげますから」
「う、うん。頼むよ」
「……わかりました」
「ま、またマリエルさんが主様とイチャイチャしてますわ……!!」
「い、イチャイチャなんてしてないよなあ。なあ?」
「はい…………」
「油断も隙もないんですから!」
顔を赤くして伏せたマリエルはとても可愛かった。
渡が以前、エアやクローシェを相手にすることが多かった時、コスプレをして渡を誘惑してきたことがあったのだ。
それはもう可愛らしいバニーガール姿だった。
見事に誘惑された渡はしばらくマリエルと連日楽しんでいたのだが、エアやクローシェ、ステラも真似をするようになってしまった経緯があった。
そんな渡たちのやりとりを横で見ながら、アミールがカードを取り出した。
『君たちに渡すカードには百万円分のティップが入っている。これはサービスだからそのまま換金してくれてもいいけど、できれば無理のない範囲で楽しんで欲しい。増やして帰ってもいいし、全額スッてくれてももちろん構わないよ』
「お、良いんですか? 俺はこう見えて賭け事にはめっぽう強いですよ? 大損害だしても知りませんからね?」
「私も苦手ではありませんね」
「アタシも負けないし!」
「わたくしは必勝ですわ! オホホホ!」
「わ、わたしは……見ているだけで良いです……」
かつても南船町から王都に向かう船上で賭博に講じたことがあったが、渡はめっぽうギャンブルには強い。
イカサマを疑われるレベルで、引きが強いのだ。
カジノ場なら楽しめるだろうか、と渡は期待を持った。
『楽しみにしているよ』
強気な発言を受けて、アミールは楽しそうに笑った。
賭け事は人の性格がよく現れる。
のめり込んで破滅する者、リスクを取らない者。
投資対象を見るのに向いているため、アミールはよく付き合う人を選ぶのにカジノを利用していた。
ステラが渡の護衛につくことが決まった後は、それぞれが別れて、自分のやりたいゲームを選び始めた。
◯
支配人としばらくカジノの運営について話をしていたアミールは、話し合いを終えて場内を歩いた。
経営を任せているとは言え、実際に見て気付くことも多い。
数字では測れない異変は、現場を見ることでしか把握できないのだ。
それに渡たちの様子も確かめていたかった。
アミールが最初に見つけたのは、マリエルだった。
ゆったりとしたドレスに身を包んだマリエルは、背筋を伸ばして座り、とても綺麗な姿勢で勝負を楽しんでいた。
講じているのはブラック・ジャックと呼ばれるトランプゲームだ。
カードの数字の合計が二一近いほうが勝つというシンプルなゲームだが、読みあいやカードの残りの数を考えたりと、数少ないプレイヤーが計算で勝つことができるゲームの一つだ。
「んー、降りますね」
ベットする額は小さく、勝負に乗らないことも多いが、いい手が入れば確実にものにする賭け方は上品で、
ディーラーも非常に落ち着いた様子で、カジノ客としては最上級のお客様だ。
アミールは別の場所に移動し、次にエアを見つけた。
「ニシシ、レイズ!」
エアはポーカーを楽しんでいるようだった。
ポーカーフェイスとは程遠そうに思える態度だが、かなり強いようだ。
特にじっくりと眺めていると、駆け引きが異様にうまい。
押すべき時に押し、退くべき時に退いている。
相手も悟らせまいとしているが、的確に感情を読み取っているようだった。
ポーカーを楽しむ客にはプロも多い。
その中で稼ぐエアの実力を、アミールは高く評価した。
あのポーションに関わる人材だけあって、優れた者が多そうだ。
国籍を融通したこともあり、今後もいい関係を築けそうだと、アミールは納得とともに頷いた。
さて、肝心の渡がどこにいるのか。
カジノ場は非常に広い。
アミールは色々な場所を練り歩き、渡の姿を探した。
そして、しばらくしてカジノ場の異様な興奮に気づいた。
一部に人が集まり、口々に話し合って一つのテーブルを囲んでいるのだ。
「あの男、また勝っているぞ!」
「すごいな、どこまで勝ち続けるんだ?」
「イカサマでもしてるんじゃないだろうな」
「ないない。そんなこと今のカジノじゃ不可能だよ」
どうやら大勝ちしている客がいるらしい。
運が良い客もいるものだ。
全体としての収益さえ帳尻合わせられれば、アミールは勝つ客が出ることはまったく問題にしていない。
絶対に負けるとわかっていればギャンブルは成立しない。
大勝ちする可能性がある、という事実が、他の客をより賭博にのめり込ませる要因になるのだ。
アミールが囲んでいる客の頭の隙間から、ルーレット台を眺めた。
だが、その客が先ほど紹介した渡だったことは、想定外だった。
「いや……ははは。参ったな……」
渡がルーレットの席に座りながら、照れくさそうに頭をかいた。
テーブルには一〇〇〇ドルのチップが山になって積まれている。
ルーレットは通称カジノの女王とも呼ばれる。
ディーラーが投げたボールがどの枠に落ちるかを当てる、非常にシンプルな賭博だ。
一番確率の高い赤黒、奇数偶数、ローハイベットから、一点賭けまで、当たりの確率によって、配当が変わる。
大昔はディーラーの技術によって、おおよそ狙った枠にボールを落とすことができたと言われている。
だが、今ではルーレットの枠自体に改良が行われ、操作ができないようになっていた。
当然、プレイヤーとディーラーが結託して荒稼ぎすることもできない。
そもそも渡たちは、アミールが連れ出さなければカジノに来る予定がなかったのだ。
これはつまり、イカサマ抜きの純粋な運での勝利というわけだ。
アミールはその姿を見て、やはりこの男は
ただ、その横には、今まさに大量のチップを回収されているクローシェがいる。
レーキを使ってチップを回収するディーラーも、クローシェの豪快な負けっぷりに苦笑を浮かべていた。
クローシェは涙目でプルプルと体を震わせ、整った顔を真っ赤にして、情けない声で叫んだ。
「ま、まだ外れまじだわ゛……!! ど、どうしてですのおおおお!? ご、ごんなのおがじいですわ! どぼぢで! わだぐじばっかり負げるの!!」
「泣くなって。ほら、俺のチップあげるから」
「ありがとうごじゃいまずぅ……でもそういうのじゃありまぜんの゛! わだぐじ、がぢだい!!」
顔を真っ赤にして涙を流しているクローシェの戦績は常敗不勝。
およそ二分の一で勝てる赤黒ベットですら毎回外す天文学的確率の連敗に、周りがざわついていた。
「なんだあの運の悪さ……」
「まるで神から見放されたようだな……」
「神が見捨てるとは……嗚呼、恐ろしい……」
大勝ちを続ける渡の横で大負けを続けるクローシェがいるためか、カジノ場の収支自体は勝ちも負けもない。
「わだぐじの! わだくじのコインが、き、消えていぎますわ゛あああああ!!」
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祝七〇万字!
ここまで読んでくれてありがとう!
昨日は本当にしんどくて更新休みました。
一晩寝てだいぶ回復したので、後日修正するかもしれませんが、これで上げます。
これまでギャンブルの強さについては、渡、マリエル、エアの三人についてしか描写してきませんでしたが、クローシェの特性が明らかになる回でした。こいつマジ弱え……。
クローシェ、本来の性能はエアを追い詰めるほど能力高いんですが、なんか書いててそういう感じが一切しないんですよね。(そもそも嗅覚を活かせないギャンブルしちゃうし)
なお、最終的な収支はエアの勝ちのおかげで、+五十万円ぐらいになりました。
作中にちらっと書かれたマリエルのバニーガール姿は、サポーターの方向けに限定公開ノートにて見ることができます。
2枚依頼したやつが届いていて、すんごいエチチチチ!!ってなるやつです。
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